☆ 日比谷(親御様)2018年

都立日比谷高校(岸田様)※推薦合格

図1

12件の塾を訪れ

この度、娘は無事に第一志望校に合格することができました。学志舎でなければ推薦合格はできなかったと思います。支えてくださった先生方、先輩方、娘と共に頑張ってきた学志舎の仲間たちに心より感謝いたします。娘はスローペースでしたので中学受験はせず、高校受験を見据え早い時期から他塾へ通っていました。勉強の面白さを伝えてくれて、尚且つ娘に合う先生を探すというのが至難の業で、中学2年の最後には科目ごとに違う塾に通い、3つの塾を掛け持ちする羽目になっていました。しかし受験年を迎えるにあたり、娘の学力面やメンタル面を総合的に見てもらうところが必要なのではないか?と思うようになり、我が家の何度目かの塾探しが始まりました。近隣から少しずつ距離を広げながら親は12件の塾を訪れ、そのうち娘が気になった5件の塾を体験することにしました。実際体験してみると一長一短…受験まで最後の塾探しになる為、妥協はできないと思うとあと一押しされず悩む日々でした。

何か運命的なものを感じ

そのような時にネットで、個人塾であるにもかかわらず西高に5人も受からせた塾が三鷹にある(2016年度)、という情報を見つけました。なんと私が仕事に行くときにバスの中から見かけていた塾で、何か運命的なものを感じ体験させて頂くことになったのがちょうど1年前です。

ここで頑張らないと一生頑張らない気がする

体験の日、皆が静かに黙々と勉強しており、その雰囲気に圧倒され、面談するときに声を出すのを躊躇したことを覚えています。体験後、家で娘に本音を聞いてみたところ、「先生の解説は要点がまとめられて分かりやすかった」、「先生の話に共感し尊敬できそうだった」、「皆頑張っていて一緒に切磋琢磨できそうだった」と好印象だったので入塾を希望しました。しかし、入塾条件が他の塾をやめて学志舎一本にしてくださいということで、娘は最後までお気に入りの英語塾を辞めるか悩んでいました。最終的に「ここで頑張らないと一生頑張らない気がするから、学志舎で頑張りたい!」と決意し、中学2年の3月(新中3新学期)から通わせていただくことになりました。この時点ですでに日比谷生になるのを夢見ており、娘のやる気が伝わってきたので、学志舎を信じてお任せしようと親も覚悟を決めました。

徐々に学力も上がって

娘は小学校の頃からSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に憧れていて、小学校6年時から近隣のSSH校の文化祭に遊びに行っていました。中学2年の時に視野を広げようと、レベルが高いけれどSSHの1校である日比谷高校の文化祭に足を運び、日比谷生が本気で演じる演劇の完成度に親子共々感激しました。その後、科学部が充実していることを知り、また日比谷高校の校長先生の講演会で学校の魅力をたっぷり伝えて頂き、徐々に日比谷高校に行きたいと思いはじめたようです。しかし、当時の娘の学力で気軽に行ける学校ではないため、それまでの道のりは簡単なものではありませんでした。ほとんど毎日の塾通いや、朝から晩までの夏・冬期講習をこなし、先生方のご指導と娘の努力によって徐々に学力も上がってきました。もちろん、全てが順調に右上がりだったわけでなく、学力に関して一度は落ち込み、必然的に内申も落ち込みました。それに加え、3年の10月末まで吹奏楽部の引退が長引き、すでに部活を引退した塾生よりも遅れて塾に参加する日々が続いてしまいました。そしてやっと11月になり受験一色へと思っていたら、嬉しい悲鳴ですが…ずっと続けてきた自由研究で12月末に科学コンテストの全国大会の出場が決まり、追加研究やレポートのまとめ、発表ポスター制作の傍らに受験勉強をする生活になりました。この全国大会出場は昔から目標にしていたもので大変嬉しかったのですが、この時期に受験勉強一本にならないで日比谷高校を目指していけるのだろうか?と不安が募りました。

中学3年間の中で最高点を頂く

しかし、全てに全力で頑張るのが日比谷生であるという校長先生のお言葉を思い出し、もしやり切ることが出来ないなら、日比谷高校に合格したとしてもついていけないだろうという結論に達し、親も最後まで見守り応援することにしました。また、布施塾長の出す課題を忙しくてもきちんとこなしていけば、きっと合格へ導いてくださると信じていたことも、素直に見守ることが出来た理由の1つでした。これも「親セミナー」で受験に向けての親の在り方などご指導頂いたおかげです。そして娘の塾リュックには布施塾長のまとめてくださったプリント集や過去問プリントがたくさん入っており、その重いリュックを持ち上げる度に「重さ=娘の知識」と思うと不安な気持ちも薄れていきました。そして学志舎の先生方の熱いご指導頂きながら娘も頑張った結果、3年2学期の内申では中学3年間の中で最高点を頂くことが出来ました。また最後の1月の模試では日比谷高校の合格圏内に戻ることができ、安心して勉強をストップし2週間の「推薦特訓」に参加出来ました。

送迎の帰り道には興奮さながら特訓内容を話してくれて

この「推薦特訓」は学志舎に入塾するときから、私がずっと受けさせたいと思っていたものでした。自分をアピールする力はもちろんのこと、周りの意見を取り入れまとめる力や、人ときちんとコミュニケーションを取る力など、これから必ず必要になる能力を養える講習と思っており、人生においてなかなか教えてもらう機会がないものなので、ぜひ娘には受けてほしかったのです。布施塾長から一般入試には集中すれば合格点に届く可能性があるからと、「推薦特訓」を受講する許可を頂いた時は本当に安堵しました。さらに今年から布施塾長だけでなく、「面接のプロの村岡先生」がずっとご指導してくださり、娘にとっても充実した2週間だったようです。送迎の帰り道には興奮さながら特訓内容を話してくれて、私も聞くのを楽しみにしていました。そして日に日に受け答えがしっかりとしてきたように感じられ、やれることはやり切った気持ちで推薦入試当日を迎えることが出来たと思います。

推薦メンバーとの絆も深まり

また討論の練習を重ねるにつれ、推薦メンバーとの絆も深まり、お互いにアドバイスし合ったり励まし合ったりと良い経験ができたようです。試験後、「あぁ、もう推薦特訓ないんだなぁ」と娘が残念がっているのを聞いて、本当に楽しんで学び、とても良い2週間を過ごせたことが伝わり、もし望まない結果になっても受験勉強をストップしてまで「推薦特訓」を受講したことは、この先後悔することはないだろうと確信しました。

今年は願書提出日に雪に見舞われ、駅までのバスが超満員で乗車拒否された上にやっとたどり着いた駅では電車が遅延…、また試験当日には道路が凍っており膝を強打してしまうなど前途多難ではありましたが、「推薦特訓」をやり切った自信と推薦メンバーと書き合った応援メッセージのおかげで、本番では動揺することなく練習の成果を発揮できたようです。推薦入試というのは宝くじと言われておりますが、学志舎の「推薦特訓」を受ければ全てやり切り、合格圏のレベルまで持っていってくださいます。しかし、他の受験生の誰よりも特訓したという自信はあったものの、試験会場で一緒に討論した生徒さんたちは皆、素晴らしい人たちだったと話していたことや、面接官との巡り合わせもありますので、1週間の結果待ちの日々は胸が押しつぶされそうでした。そんな思いの中、合格発表の日に番号が目に飛び込んできた時の喜びは一入で涙が溢れました。

1年前、学志舎を選ばなかったら得られなかった喜びです。布施塾長や村岡先生、学生の先生方、学志舎の先輩方や推薦特訓のメンバーにご指導やアドバイス頂いたおかげです。多くの人に支えられこの日を迎えられたことを本当に感謝しています。

また、学志舎の先輩方が夜遅くまで推薦特訓のお手伝いをしてくださったように、娘にも次に続く皆さんのためにお手伝いをしてほしいと思っています。そしてこれから受験を控えている一緒に頑張ってきた学志舎の仲間たちが、喜ばしい結果になることを心からお祈りしています。1年という長いようであっという間の期間ではありましたが、娘にとってとても濃厚で急成長した期間でした。これから次のステップに向かう娘にたくさんの基礎を築いていただき、本当にありがとうございました。

都立日比谷高校(大河原様)※推薦合格

母2

黙々と机に向かっている後ろ姿に、ただただ圧倒され

ご縁あって学志舎の門を叩かせていただいたのは、中2の10月頃でした。息子の体験後に三者面談とのことだったのですが、窓の外から見える教室いっぱいの生徒さんたちの微動だにせずに、黙々と机に向かっている後ろ姿に、ただただ圧倒され、ドアを開けることができませんでした。暫くして塾長に声をかけていただいたのですが、それでも中に入るのをためらうほどの、ある種異様な空気感でした。そんな中、決して愛想の良いとは言えない(スミマセン)布施塾長との面談に、最初こそかなり戸惑いましたが、お話は的確そのものでした。あくまで、君が来たかったら来れば良い、という感じでしたが、息子は既に、“ここでやる!”と決めていました。その旨を連絡したところ、ご丁寧なお返事をいただき、正直そこで初めてホッとしたのを覚えています。

“この塾長の下でも勉強しないのならばそれまでだ”、と思って 

布施塾長と直接お話ししたのは、この時と合格後の2回だけ、他にはセミナーに2回参加、計4回しかお目にかかったことはないのですが、特に最初のセミナーに参加させていただいてからは、私どもは、布施塾長に全幅の信頼を寄せており、“この塾長の下でも勉強しないのならばそれまでだ”、と思っておりました。思えばその時の息子の内申は35、勉強はほとんどせず、部活をして帰ってくると寝てばかりの毎日でした。

これも全て学志舎に入塾したことに始まり

入塾当初、「帰りの自転車で頭が沸騰しているのがわかる」と言っていたのを良く覚えています。息子が本気になりだしたのが中3の夏でした。学志舎のお友達とおしゃべりして帰ってくるようになったのもこの頃からだったと思います。そうなると、俄然、学志舎に行くのが楽しくなったようで、むしろ嬉々として通っていたように思います。そうはいっても、彼が志望している日比谷高校には到底手が届かない状況でしたが、本人だけは決してあきらめず、最後まで自分を信じて、“日比谷に行くんだ”という固い意志を持って勉強していました。もともとマイナス思考でそこまで意志の強いタイプではなかった息子が、ここまで強くなり、自分の信念を貫いている姿を目の当たりにし、結果云々ではなく、これだけでもう充分この受験は成功だと思っていました。これも全て学志舎に入塾したことに始まり、布施塾長と村岡先生が彼にとって憧れの大人であり、常に励まし導いてくださったこと、そして一緒に頑張った戦友たちの存在があったからこそと感謝しております。親としては、ここまできたら本人の気がすむように最後までやりきれば良い、ただそれだけでした。それが結果、成功体験につながったこと、布施塾長、村岡先生、一緒に頑張り抜いた戦友たち、憧れの先輩方、そしてこのやりきったという経験は、きっとこの先、彼の背中を押してくれるであろう、かけがえのない宝物となったことと確信しております。今回の受験へのプロセスこそが彼の人生の大きな転機になったと言っても過言ではありません。文字通り、「一生忘れられない出会い」がここにありました。本当にありがとうございました。