☆ 日比谷(親御様)2019年

都立日比谷高校(石崎様) ※推薦合格

図1

もし学志舎に通っていなかったら

この度、息子が無事に都立日比谷高校に推薦入試で合格することができました。布施塾長をはじめ推薦対策のエキスパートでいらっしゃる村岡先生、実体験を交えつつ受験生の気持ちに寄り添ってアドバイスや激励をしてくださったOBOGの方々、そして、共に切磋琢磨しながら頑張ってきた最高の仲間達全ての方々のお陰で「憧れの日比谷生になる!」という夢が現実になったのです。今、本当に何と表現したら良いか言葉が見つからないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。もし学志舎に通っていなかったら、この合格の喜びも貴重な人生経験も素敵な出逢いも何もかもなかったのかと思うと考えただけでも恐ろしいです。以下に息子の合格までの軌跡を辿りながら、この恵まれた環境がいかに素晴らしかったかを振り返ってみたいと思います。

 

私の直感に狂いはなかった

学志舎との出会いは、中2を目前にして初めての塾探しをしていた春休みでした。友達から話を聞いた時、直感的に息子に合いそう!と思い、すぐに電話をして面談の予約をさせて頂きました。これまで一度も進学塾に通った経験のなかった息子が布施先生と初めてお会いしたのは、ちょうどお試しで別の塾の春期講習の体験に通い始めて数日が経過した時のことでした。塾生達が学習している教室内に入った瞬間、息子が思わず「道場みたい」と感嘆の声をもらしました。目に入ってきた光景は私の想像をはるかに超えるものでした。そこには親に来させられているような子は1人もいなく、誰もが自ら学びたい!という強い意志の下に主体的に取り組んでいる姿がありました。その眼差し、姿勢、入退室の際の清々しい挨拶、ピンと張りつめた空気感それら全てが幼い頃から通っていた剣道場の雰囲気と似ていて一気に親近感が湧いたようです。塾長との会話も弾み、面談が終わる頃には既に23時を回っていましたが、その時点でもう息子の心は決まっていました。予想以上の即決ぶりにやはり私の直感に狂いはなかったと確信しました。

 

目をキラキラさせながら帰ってくる毎日

通い始めて1年が過ぎ、中31学期で部活も引退し、いよいよセミナー等で噂に聞いていた「毎日通塾」の時期に突入しました。先生のメリハリのあるご指導や絶妙な過去問の渡し方のお陰で、毎日でも飽きることなく楽しい!ワクワクする!と言いながら通っていました。10月末に行った部活体験をきっかけにいきなり志望校を西から日比谷に変えたい!と言い出した時も、最初は一体何事か?と、こちらはかなり動揺しましたが、当の本人は完全にロックオン状態で「これまで志望校志望校って何となく口にしてたけど志望校ってホントに心の底からココの学校に行きたい!って思う学校のことを言うんだね!!俺初めて志望校ができた!」と本当に嬉しそうでした。そして真っ先に布施先生に報告しに行き、それをきちんと受け止めてもらえた時、さらには模試の結果を見て「日比谷の推薦やってみようか!」と言ってもらえた時には、ガッツポーズで家の中を走り回るほど大喜びしていました。と言いますのも、今や学志舎名物と言っても過言ではないこの「推薦対策」は1月に入ってからの2週間、5科目の受験勉強は一切せずに、ガッツリ集中的に推薦試験のためだけの対策をするというもので、裏を返せば12月末時点で一般受験で合格できるレベルにまで達していない者は受けられないという位置付けのものだったからです。その代わり、これを受ければ、「他のどこよりも圧倒的な量を他のどこにも実現できないハイクオリティーでやることができる」=「絶対的な自信が得られる」=「勝つ」という勝利の方程式が出来上がるというわけです。実際、その推薦対策が始まってみると「すごいよ!マジでサイコーー!」「今日は◯◯先輩と□□先輩が来てくれた!」と目をキラキラさせながら帰ってくる毎日でした。改めて学志舎ならではのこの縦の繋がりにも感謝感激させられました。

 

ここまでやり切ったからこそ言える言葉

こうして遂に迎えた試験本番前夜。息子の心境はこうでした。「『結果は後からついてくる』って言葉を耳にした時、いやいやまず結果ありきだろうと思っていた。でも、今は結果にこだわらず変に気負うことなく自然体、平常心で臨もうという気持ちになれる。それは、自分の100%を出すことができれば間違いなく結果がついてくるという絶対的な自信がついたから。あとはいかに自分の実力を出せるかだけだ。それは、まさにここまでやり切ったからこそ言える言葉なんだってことに初めて気付いた。」と。そして寝る直前にいきなり「今まで本当にどうもありがとうございました。家族や周りの人、全ての人達に感謝しています。」と、まるで嫁入り前の娘みたいなお礼の挨拶をしたのです。

 

人として大切なことを沢山教えて下さった

試験当日の朝。送り出した時は、振り向きざまにとびきりの笑顔を見せてきたので何事かと思ったら「面接練習で村岡先生に教えてもらった口角を上げる練習!」と言いながら颯爽と歩いて行きました。この時、先生方は勉強だけでなく人として大切なことを沢山教えてくださったのだということ、最高の学び舎に出逢えたのだということを改めて実感いたしました。本当に人間的に大きく成長できた2年間だったと感無量の思いです。

 

偉大な先輩方のエールのお陰で

学志舎での貴重な経験はこれから先の人生を歩む上での礎となることと思います。また、偉大な先輩方のエールのお陰で実力を発揮できた自分が今度は同じことを後輩達にするんだ!と今からヤル気満々ですので、これからも事あるごとに学志舎に関わっていくことと思います。この後に続く弟達も沢山おりますので、今後とも末永くよろしくお願いいたします。本当にどうもありがとうございました。

 

都立日比谷高校(鈴木様) ※推薦合格

母2

少数の選抜された塾を探し

「鈴木さんは日比谷なイメージだね。日比谷に挑戦してみないか。」
布施先生と村岡先生の、このお言葉から娘の挑戦は始まりました。娘の成績は学校では上位にいましたが東京都全体としてはまだまだであり、強力なライバルを探すために身近な塾ではなく、少数の選抜された塾を探しました。その中で、「1教室あたりの合格人数」の実績に申し分がない塾をインターネットで見つけました。

 

村岡先生に数多くの添削を

入塾時は週3日の通塾でしたが、3年の夏には毎日朝から晩まで「静かな塾。徹底的に自習を推奨する塾」で自習に明け暮れました。冒頭のコメントはその夏に先生方から頂いたお言葉です。入塾時から志望校について悩み続けていた娘が、日比谷高校を意識し始めた瞬間でした。このとき同じ高校を目指す塾生たちが難関クラスにいました。自分が授業で分からなかった問題を楽に解いていることに刺激を受け、その塾生たちに近づきたいと、日々の授業と自習に朝から晩まで打ち込んでいました。その甲斐があり、都立そっくり模試の結果は5月の偏差値68から、夏休み明けの偏差値が74となりました。夏休み後の過去問対策では日々、一喜一憂がありましたが、11月頃には実力が伴ってきたことを自分でも実感できるようになったようでした。特に国語の作文問題に関しては村岡先生に数多くの添削を頂き、自信がついたと笑顔で話してくれました。最終的な模試結果は、1月の自校作成問題の模試で偏差値71と、自校作成問題でも日比谷高校を狙える実力を得ることができました。

 

内申upのコツを実行

内申は、入塾時に頂いた卒塾生からのアドバイスのプリントを熟読し、内申upのコツを実行に移していきました。その結果、入塾時43→最終45に上げることができました。不得意な体育に関しても先生に猛アピールすることにより【5】をいただくことができました。我が家には、受験勉強をしていても、続けたいことが1つありました。それはピアノです。中学受験を諦めて全力で続けたピアノの技術を落とさずに保持するためには、日々の練習は不可欠でした。学志舎は自宅からは少し距離があるため、学校から帰宅後すぐに向かっていました。練習時間を確保するために、早朝に集中して練習を行っていました。ピアノをやめることなく受験を乗り切ったことは、今後の人生の自信になったと思います。

 

チーム学志舎が一体となって

1月には推薦対策に参加させていただきました。小論文と集団討論、個人面談の特訓ではチーム学志舎が一体となって合格という一つの目標に向かっていました。私たち親は送り迎えとお弁当の準備と話を聞いてあげることしかできませんでしたが、先生や先輩、仲間と繰り返し行った特訓で自信がついたと話してくれました。推薦入試は願書の出願も村岡先生提案の「45分前」対応により「受験番号1」を得ることができました。そして布施先生と村岡先生のご指導、先輩方のアドバイス、仲間たちの協力により、推薦入試も臆することなく、合格を勝ち取ることができました。本当にありがとうございました。布施先生と村岡先生の言葉が娘の将来を大きく切り開きました。「一生忘れられない出会い」がここにありました。ありがとうございました。

 

この上ない成果を出せた

最後に娘が日比谷高校推薦合格、息子が西高校推薦合格と、同時にこの上ない成果を出せたことを本当に感謝しております。今後、この経験を学志舎の後輩方へ繋げていけるように、二人が貢献できればと思っております。

 

都立日比谷高校(北様)  ※推薦合格

切磋琢磨したチーム学志舎の仲間たち

娘が都立日比谷高等学校推薦入試に合格することが出来ました。3年間ご指導いただいた布施塾長、中学2年からご指導いただいた村岡先生、刺激と助言をいただいた卒塾生の皆さん、切磋琢磨したチーム学志舎の仲間たち、皆様に心より感謝申し上げます。今つくづく、学志舎と出会い、学志舎で学ばせていただいて良かったと実感しております。そこで、これから学志舎で学び高校合格を目指す方々に、3年間娘がお世話になった父親が感じた学志舎の魅力を3つに絞って述べたいと思います。

 

【1】中学受験は失敗ではない

●●中に合格しなくてよかった」これは初日の面談で布施塾長が私たち親子におっしゃった言葉です。3年後、この言葉が現実となるのですが、中学受験に失敗した(この言葉は使ってはいけないとも言われました)当時の私たちを少し安堵させてくれました。そもそも心と身体の成長が不充分な12歳が経験する中学受験は、なぜ中学受験をするのか、なぜ●●中に行くのか、ということに本人はほとんど腑に落ちていないものです。少しでも良い教育環境をと親が希望するのが中学受験です。入塾前に布施塾長のブログを第一話から全て読破していた私は、学志舎なら娘が成長できると確信していました。学志舎で高校受験までの助走をしっかり取ることが、すんなり中学に合格するよりもためになると気持ちを切り替えることが出来ました。

 

【2】努力する力を育む

世間では、学志舎は頭のいい子が集まる塾という評判だそうです。毎年輝かしい高校合格実績を上げるので、この評判は決して間違いではありません。しかし本質を突いてはいないのではないでしょうか。学志舎と言えば圧倒的学習量です。元々成績がいいのではなく、圧倒的学習量によって自信と実力を蓄えた子供たちが成績を伸ばしていくのが、学志舎のスタイルです。昨晩、引退を発表したイチロー選手がオリックスブルーウェーブ(現在はバッファローズ)の独身寮時代、ナイター終了後の練習場で延々と深夜まで打球音を響かせていたように(その後はウエイトトレーニングも)、学志舎の子供たちは、周囲の暗闇の中煌々と光る教室の照明の元、鉛筆と紙の摩擦音を奏で続けていたことでしょう。受験に魔法はなく、努力しなければ伸びない、でも努力すれば必ず伸びる、真正面から努力する力を育む塾です。

 

【3】受験は団体戦

一般的には受験は究極の個人戦です。自らを高めるために努力した結果が、成果を生みます。しかし学志舎では団体戦なのです。2019125日のブログ、「行くぞ、学志舎推薦チーム!」を拝読させていただいた私は、(少々気が早いとも言えますが)娘の合格を確信しました。情熱の塊のような村岡先生の文章に続き、後輩の激励に集まった卒塾生たちの写真、「日比谷で待ってます!」と書かれた卒塾生からの嬉しいプレゼント、そして力強く団結した円陣、自信に満ち溢れた表情。よくぞここまで。もはや不合格の要素はどこにも見当たりませんでした。布施先生と村岡先生の指導の下、子供たちが高い次元で切磋琢磨したことで、チーム学志舎は最強最高の戦う集団になったのではないでしょうか。日比谷の推薦合格発表日。見事全員合格した3人は、次々届く他校の(チームメイトの)合格報告に、我がことのように喜びを表現していました。

 

娘と一緒に志望校選びを

受験を迎える子供に父親が出来ることは、本当に少ないものです。良かれと思い、ついつい必要以上にプレッシャーを掛けていた私は、むしろ子供にとって迷惑な存在だったことでしょう。そんな私が良かったなと言えるのは、娘と一緒に志望校選びをしたことです。西、戸山、豊島岡の学校説明会や国高祭に2人で出掛けて行き、感想を言い合いました。日比谷の学校説明会へは5回は行きましたね。私は、校舎内を案内してくれる日比谷生のアカデミックさに惹かれ、この学校で娘を学ばせたいと考えるようになっていきました。日比谷の女子生徒が目を輝かせて語ってくれたグローバル10のニュージーランド研修の体験談を聞いたとき、娘と2人で顔を見合わせて、これで志望校が決まったねとお互い確認し合いました(娘にニュージーランド由来の名前をつけてよかった)。思い出に残る高校受験を体験させてくれた娘よ、ありがとう!次は日比谷でがんばれ!