☆ 西(親御様)2018年

都立西高校(濱島様)※推薦合格

図1

それまで通っていた塾に不安を感じていた中2の2月。知り合いから学志舎のことを聞き、早速体験授業に参加しました。足を踏み入れた教室で、子ども達の凄まじい集中力、熱気、初めてお会いした布施先生の鋭い眼光、体全体から立ち上るオーラにただただ圧倒された私に対し、息子は「ここの雰囲気は自分に合っている。すぐにでも通いたい」と一言。3月から正式に入塾させていただくことになりました。

 何事も全力で立ち向かい、そのための努力をつづけ、さらに上を目指す

息子はどちらかといえば、常に一歩引いたところでそこそこがんばれば良いといったタイプでした。しかし、布施先生の「何事も全力で立ち向かい、そのための努力をつづけ、さらに上を目指す」との熱い教えが息子の何かを目覚めさせた気がします。それは日々の勉強や、学校での生活の意識を大きく変え、その結果、2学期の内申は申し分ない評価を得ることができました。
  親である私も布施先生から「子どもを信じ、見守る大切さ」を教わりました。おかげで受験期であるにもかかわらず、家の中はとてもなごやかな空気が流れており、息子も思いきりくつろいでいるようでした。

村岡先生や先輩方のために推薦メンバー全員で合格したい

年が明け、推薦対策が本格的に始まりましたが、「人前で話すことも作文も苦手、中学3年間に生徒会や委員会、部活動等で人の上に立つことが全くなかった自分は推薦に向いていないのではないか?」とかなり後ろ向きな気持ちでのスタートでした。
 しかし、連日の村岡先生のご指導、応援に来て下さる卒塾生の方達との特訓を続けるうちに、そんな苦手意識もなくなってきたようでした。試験前日、「やれることはすべてやりきった。自分のためではなく、村岡先生や先輩方のために推薦メンバー全員で合格したい」と普段は淡々としている息子が熱く語る姿は2週間前とはまるで別人のようでした。
 試験初日、「今までやったことがすべて出せた」と笑顔で帰宅。その夜熱を出しましたが、布施先生から「昨年の先輩も微熱の中戦った。あと一日駆け抜けよう!」とのメールをいただき、翌日の試験も無事乗り切ることができました。

 合格発表の日の息子の晴れやかな笑顔は忘れられません。高校受験という人生の大事な局面で、布施先生や村岡先生という素晴らしい師に出会えたことは何よりの宝です。そして今回、先輩達から受け取ったバトンを、今度は後輩達に手渡す手助けが笑顔でできるよう、息子には充実した高校生活を送ってほしいと思います。

都立西高校(北川様)※推薦合格

母2

息子から「塾に行きたい」と聞いたのは、中学2年の3学期でした。高校進学について親としては「本人が希望する高校で、できれば自宅から自転車で通えるところに入学してくれれば」というくらいに思っていました。そんな親の思いとは違い、息子は「勉強に集中できる環境で、もっと自分を高めたい」と考えていたようです。本人なりに情報を集め、学志舎を体験することにしました。ペンを走らせる音だけが聞こえる教室に魅力を感じた息子は「この環境で勉強したい」と入塾を即決、3月から通うことになりました。

 

それまでは、学校で所属している野球部の練習でかなりの体力を消耗していて、毎日決まった時間に机に向かって勉強するという姿勢ではなく「やらなければならない時に机にむかう」「定期考査前はできるかぎり勉強時間にあてる」というタイプでした。しかし、3月から学志舎では難関クラスに入り、ほぼ毎日23時前に帰宅する生活が始まりました。4月に開催されたセミナーの後、塾長の布施先生からは次の言葉をいただきました。

 

「人間は環境の生き物。今の自分から少し背伸びが必要な環境が成長する秘訣です。最難関校を目指し、疾走されることをお勧めします。」

この言葉に、親の方が身の引き締まる思いを感じたことは忘れられません。

 

息子は毎日、学校から帰ると塾に自習室にと通っていました。土日は朝から塾に行き、昼すぎに一度帰宅して、家にあるものを簡単に調理して食べていたようです。(実は塾生のみなさんは立派な手作りお弁当を持参していて、とても羨ましかったと、後になって教えてくれました)。家では塾で布施先生が話してくれたエピソードを、面白く聞かせてくれました。模試を受ける度に自分の実力を知り、「まだまだ」「もっともっと」と自分を追い込んでいくように見えました。布施先生から都立西高校の話を聞く度に憧れを強くし、2学期に入る頃には「推薦入試で西高を受けたい」と考えていたようです。

 

12月の模試で、はじめて西高が合格圏の判定になりました。布施先生や村岡先生から「推薦向き」と言っていただき西高を推薦で受けることを決め、3学期に入るとすぐに推薦対策をしていただきました。どういう点について指摘を受けたか、卒塾生の西高生がどんな風に西高の魅力を語ってくださったか、毎晩のように話してくれました。受験日が近づくにつれて「どこの高校でもなく、西高に入学したい」とはっきり言葉にすることが増えていきました。

 

推薦入試が終わって合格発表までは、本当に長い4日間でした。発表の日、受験番号を見つけて村岡先生と握手を交わす姿は、喜びを静かにかみしめているように見えました。結果を祖父に報告したところ、「合格がゴールではないぞ。高校に入ってもしっかり学べよ」と激励されたようです。春に布施先生からいただいた言葉どおり、目標に向かって疾走した11カ月間でした。走りきることができたのも、布施先生、村岡先生のご指導のおかげだと感謝しております。

都立西高校(佐藤様)

図1

学志舎には小学6年の秋から3年半お世話になりました。初めて体験授業を受けた娘が、周りの塾生の速読のペースに驚いていました。私も授業のスピードが速いと聞いていたのでついていけるのか心配でしたが、逆にこのペースについていけるのなら、学志舎にお任せすれば安心だなと思ったのを覚えています。

小学生の頃から学志舎で自習の習慣を身に付けて頂いたおかげで、娘は自分で考えて自分のペースで勉強が進められるようになり、自分自身が中学生の頃はこんなにしっかり勉強しなかったなと、我が娘ながら感心して見ていました。

 

共働きのため、一緒に勉強してあげる時間を取れなかったのですが、「学志舎に通っている=集中して勉強している」ということがわかっていたのでとても安心していました。中学1、2年生の頃はたまに気が緩むこともありましたが、そんな時はタイムリーに布施先生から叱咤激励を受け、良い意味で刺激を受け勉強に励んでいました。コツコツと勉強をやってきたおかげで力もつき、毎年学力が上がっているのを実感しながら見ていました。卒塾生から高校の様子を聞いたり、文化祭に行ったりしながら徐々に西高校に行きたいという思いも固まってきたようです。優秀な卒塾生と話し刺激を受けられるのも学志舎の良いところだと思います。

 

中学3年生になると塾通いはほぼ毎日となったので、健康面でのサポートはしっかりと行いました。吹奏楽部の引退は秋だったので、部活と塾を両立している期間は特にハードでしたが、それを乗り越えたことは今後に向けての自信がついたのではないかと思います。受験間際、体調不良で受けた模試の結果が散々だった時は親の私も動揺してしまいましたが、布施先生からの「今までの模試や塾での学習状況から、佐藤さんは一般入試合格ラインに達していると私も村岡先生も認識しています」との力強いメールを頂き、親子で安心したのを覚えています。その節は娘だけでなく親もお世話になりありがとうございました。

 

都立西高校の発表には村岡先生も来て下さいました。「いつもたくさん荷物を持って、最後まで勉強を頑張っていたよね」と娘に言って頂いた時は、塾生一人ひとりをしっかり見守って下さっていて学志舎でお世話になって本当に良かったなと思いました。今でも家族で、「学志舎に入塾していなかったら、西高校に合格出来なかったよね」と話しています。いつも親身に相談にのっていただき、本当にありがとうございました。

都立西高校(大原様)

母2

初めて学志舎を見学・体験させていただいたのは、娘が中3になった4月下旬頃のことでした。もともと中3になったら塾に入ろうと娘と相談していたものの、どこか良い塾はないだろうかと大手塾のHPを見てみても、今いちピンとこず、またちゃんと信頼できる方に娘を任せたいとの思いから、個人塾でも探してみようと見つけたのが、学志舎のHPでした。

 

早速問い合わせ、見学・体験させていただいたのですが、そこで目にしたのは布施先生がHPで書いてらっしゃったものと寸分違わぬ光景でした。誰一人話すことなく、黙々と勉強している子ども達の姿から、高い集中力をもって机に向かっていることがすぐに見て取れました。そして布施先生の「任せてください」という力強いお言葉と娘の希望とにより、学志舎に入塾させていただくこととなりました。

 

通塾にあたって大変ありがたかったのは、娘がずっと習っていたダンススクールとの両立のために、1学期の途中まで、週3のところを週2の通塾で調整してくださったことです。そのため、娘も納得のいく形でダンスに一旦区切りをつけ、受験勉強へと入っていくことができました。

 

今振り返れば、娘の場合、1学期は助走期間のようなもので、夏期講習から2学期にかけてバチッと受験モードに切り替わっていったようです。特に1学期の内申がふるわなかったこともあってか、2学期は緊張感をもって勉強に向かうようになっていました。学校から帰宅すると、まずは休憩して仮眠をとり、軽食を食べてから17時に着くように塾に向かい、塾が終わって帰宅するのが22時半過ぎ。そういった生活を毎日毎日続けている娘を見ていると、いつしか、布施先生がおっしゃっていた「見守る」ということが身にしみてわかるようになっていきました。「これだけ頑張っている娘に勉強のことで言えることは何もないな、本当に見守ることしかできないな」という心境になっていったのです。

 

そして2学期の内申は+upという結果になり、集中して勉強に取り組みたいという思いを叶えてくれる学志舎という存在は、本当にありがたいなあという気持ちでいっぱいになりました。娘は志望校がなかなか定まりませんでしたが、自分の可能性を広げようという気持ちをもって勉強に励んでいました。そして二転三転し、最終的には自分に一番合うのではないかとの思いから西高校を選びました。とはいっても、そう決めた時点で果たして本当に合格することができるのか、現実とはかけ離れた望みなのではないかとの思いもありました。しかし最後の模試で「合格圏」に入ることができ、また学志舎で実施されたプレ入試での成績から布施先生が励ましてくださり、娘も西高校への思いを強くすることができました。

 

しかしここで思いもよらないことが起こりました。私立高校の併願受験が終わった翌日に、娘がインフルエンザに罹ってしまい、都立入試まで残された12日うち、丸々5日間まったく勉強することができないという事態に陥ってしまったのです。さすがにわたしも動揺したのですが、本人は「大丈夫」というのみで、しっかり熱を出しきった後は、また学志舎に向かう日々を再開させました。その時に感じたのが、娘はこれまで学志舎でしっかりやってきた、だからこんなに落ち着いていられるんだという深い実感でした。

 

そして合格発表の日。娘の受験番号を2人で見つけた時の喜びは、言葉では言い表せません。自然と、ここまで頑張ってやってきた娘への尊敬と感謝の気持ちが溢れ出てきました。おそらく学志舎に入っていなければ、娘は西高校を志望することはなかったと思います。しかし布施先生と出会い、いつしか布施先生を通して西高校を夢見るようになり、晴れてこの春から西高生になれることとなりました。こんなに素晴らしい体験をさせてくださった布施先生には感謝してもし尽くせません。

 

最後になりましたが、学志舎で娘と切磋琢磨してくれた塾生のみなさん、優しく温かく見守ってくださった村岡先生、そして厳しくも熱い指導でここまで導いてくださった布施先生、本当にありがとうございました。娘には、これから始まる高校生活に胸躍らせるとともに、みなさまへの感謝の気持ちを忘れずに、一歩一歩しっかりと歩んで行ってほしいと思います。

都立西高校(中島様)

図1

娘にとって初めての受験が終わりました。振り返ってみると、階段を一段一段登るように歩んできた一年だったと感慨深く思います。中3になって進路について話し始めた頃、「高校ではいろんなことを勉強したい」と目を輝かせる一方で、受験に対しては決して意欲的ではありませんでした。「今の成績で余裕を持って入れるところ」でいいと言うばかりで、なかなか志望校も定まりませんでした。一方で、春から大手の塾に通い始めていましたので、そのうち気持ちも定まってくるだろうと静観していました。すると8月に入ってから「塾を変わりたい」と言い出したのです。まだ学校見学にも行っておらず、志望校が決まらないモヤモヤを塾のせいにしているのでは?という思いもよぎりましたが、学校は自分の足で探して欲しいこと、その上でほかの塾の体験も試してみようと話をして、夏休みの後半はあちこちの学校見学へと出かけました。

 

初めて学志舎を訪れたのはお盆明け、夏期講習もほぼ終わったタイミングでした。面談の中で布施先生が「都立受験とは何をどうがんばればいいのか」についてお話しくださいましたが、このとき娘は初めて何かが腑に落ちたようです。塾を変わりたいと思った理由の一つ、「自分は本当にできるようになっているのか」という不安に応えてくれる場所はここだと直感したようです。これまで通っていた大手進学塾は、都立志望の生徒も私立志望の生徒も同じクラスで教科担任制でした。こちらでは布施先生が5教科を見てくださり、また都立受験に精通されており、大変心強く思いました。5教科の総合的な仕上がりはもちろん、子どもの性格的なことも含めて「何に弱く、何に強いか」を把握してもらえるのではないかという気がして、私自身も安心してお任せできる場所を見つけたという気持ちでした。

 

学志舎に通うようになった娘は「自分は本当に必要なことを必要なだけやっている」という充足感で、安心して勉強に身を任せている印象でした。「苦手なあの教科のあの部分は、どうなっているんだろう」という漠然とした不安がなくなり、抜け落ちがない勉強をしているという手応えによって、ようやく安心できるようになったのではないかと思います。志望校についても変化が見えてきました。秋に父親と行った西高校の説明会で、自分が高校で学びたいと思っていた「いろんなこと」が、土曜講座などでその機会を得られると気づいたようです。また「授業で勝負」という方針にも共感したようでした。こうして、12月の志望校調査で、初めて西高校の名前を書くことができました。それまでに学力をつけてくださった布施先生のご尽力があってのことですが、夏休み頃のことを思えば、行きたいと思う高校がみつかったこと、そこに挑戦しようという気概を持てたということが、何よりの成長と感じられました。

 

年が明けてからは推薦対策一色に。村岡先生の指導のもと、推薦組の皆と面接、集団討論の練習をするのが楽しそうで、水を得た魚のようでした。先輩方もたくさん応援に来てくださり、学校生活についてお話を聞く中で、「西高校へ行きたい」という気持ちがどんどん育っていったようです。しかしながら結果は不合格。娘にしてみれば、最も恐れていたことが現実になったという気持ちだったかもしれません。けれども家に帰り、時間が来るといつもどおりに支度をして、「いってきます」と出かけていきました。後で聞いたところによると、まだ誰もいない教室で、布施先生、村岡先生の前で娘は泣いてしまったのだそうです。その後は泣きながら勉強していたと。娘がいち早く切り替えを見せた一方、私自身もしっかりしなければと思いました。

 

不合格後の気持ちを支えてくださったのは村岡先生のブログです。

 

〈塾長も私も、今までたくさんの悔しい思いをして生きてきました〉

〈この経験を乗り越え、一段成長した顔を見せてくれる彼らを誇りに思う〉

 

こうした言葉が、改めて受験は通過点であり、この経験がどう生きるかは本人次第ということを思い出させてくれました。

 

そして迎えた一般入試の後も、同じくブログの村岡先生の言葉「堂々としていよう」という言葉をかみしめて、全てやりきったであろう娘を褒めてあげたい気持で発表までの日々を過ごしました。発表前日はお通夜のような雰囲気でした。だめだと思う、でも西高に行きたい、と涙を流す娘のそばで、なぜ高校へいくのかわからないと言っていた子がここまできたか、という感慨に浸りました。この言葉を聞けただけでもすごいことなんだと肝に銘じました。

 

おかげさまで一般入試では合格をいただくことができました。もし学志舎に受け入れていただけなかったら、娘の受験は別の形になっていたと思います。本物の志望校と出会い、挑戦することができたのはかけがえのない経験でした。さらに合格まですることができ、確実に娘の中では何かが変わったと思います。全信頼をおく先生方との出会い、共にがんばる仲間たちとの出会い。この二つの出会いが、受験を通して娘が得たことだと思います。学志舎へ入ることができて本当によかった。心から感謝しております。ありがとうございました。