☆国立(合格者)2018年

都立国立高校(山田さん)※推薦合格

私は中学2年生の9月に大手塾から転塾してきました。学志舎に入塾する前の私は、塾の宿題をろくにせず、学校の定期テストも一夜漬けの科目が多くあるという全く誇れない生活をしていました。この状態を変えなくてはならないと思った私は、国立高校に通う姉の友人である渡辺先輩が通われていた学志舎の体験授業を受けることにしました。その時のことは今でも忘れられません。シーンとした塾内で塾生達がものすごい集中力で勉強していました。更に授業では、私がページの初めのほうを解いている時に「終わりました。」と報告する塾生が多くいて、(えっ?!早っ!)と心の中で思わずツッコミを入れていました。それくらい衝撃的でした。同時に、自分と塾生のレベルの差を思い知らされました。私は、学志舎に入塾する直前に、国立高校の文化祭を見学し、「NBL大作戦」という劇を観劇しました。私は「NBL大作戦」に強烈に惹かれ、国立高校に行きたいと思うようになりました。さらに入塾後、その「NBL大作戦」にキャストとして出演されていた学志舎OGの青山先輩から話を伺う機会があり、ますます国高への想いが強くなりました。

私は、学志舎に入塾したことで大きく変わることができました。入塾前、私の家庭学習時間はゼロでしたが、家で塾の宿題をするようになりました。また、定期テストの準備も約3週間前から始めるようになり、自分の苦手と向き合えるようになりました。夏休み以降は、ほぼ毎日自習に行き、自分の苦手と徹底的に向き合いました。しかし、西国分寺から片道45分という通塾時間の長さに挫けそうになったこと、過去問の点数や模試の結果が思うように伸びず、悔しかったこともありました。そんな時、塾長がおっしゃっていた「悔しさは成長の原点になる!」という言葉を思い出し、絶対この悔しさを成長に繋げてやるんだ!と奮い立つことができました。

また私は、学志舎での勉強を通じて「努力の大切さ」と「仲間の素晴らしさ」を学ぶことができました。入塾前の私は、「努力」とは無縁の生活を送っていましたが、学志舎で勉強していくうちに、以前解けなかった問題が解けるようになる喜び、全力で勉強に打ち込むことで得られる充実感などを知り、「努力は大切なんだ」と実感しました。

「仲間の素晴らしさ」は、主に推薦対策で感じました。推薦対策では村岡先生が受験だけでなく今後の人生に役立つことをたくさん教えてくださいました。それらを学んでいく中で推薦受験者に一体感が生まれました。終了時間に皆で円陣を組んだり、お互いにあだ名をつけたり、皆でお昼を食べたりしました。それら全てが私にとって新鮮で楽しかったです。今思い出しても、思わず笑顔になってしまうような素敵な2週間でした。また、推薦受験当日は、仲間からのメッセージを読み返して力をもらいました。一人じゃない、皆も頑張ってるんだ、と思えて「仲間の素晴らしさ」を痛感しました。

私が入塾当初の内申38から最終的に45まで上げ、国立高校に推薦合格することができたのも、周りの方々のおかげです。いつも熱い指導をしてくださった塾長と村岡先生、私を傍で支えてくれた家族の皆、合格に向かってともに走った学志舎の仲間に感謝したいです。本当に本当にありがとうございました。

――後輩へのアドバイス――

受験を通して、私が大切だと感じたことは、塾長から配られたプリントを繰り返しやることと、体調管理です。私は推薦入試の1週間前に発熱し、2日間寝込んでしまいました。走り続けることも大切だけど、ちゃんと休憩することも同じ位大切だと身をもって経験しました。焦っている時ほど体調管理に気を付けて、志望校合格を勝ち取ってください!応援しています。きっと楽しい高校生活が待っていますよ!

都立国立高校(永田くん)

僕は学志舎に二度入塾しています。小5の時からお世話になり、部活に専念したいという理由で中2の初め頃に辞めさせてもらいました。そして、本格的に高校受験の対策をしようと思い、部活を引退した7月ごろに二度目の入塾をしました。学志舎に戻りたいという選択をしたのには理由があります。

一つは、“とても集中できる場所であった”ということです。一度目の入塾時だけでも、周りの人から受ける熱気はとても強く感じられました。また、二度目の入塾後は同じ同志たちが受験に向けて頑張っているということがよく伝わりました。それだけに自分の中でも、「やらなきゃいけない」という思いが芽生え、やる気に火がついたのだと思います。「同じ同志たちに囲まれ、互いを高め合う、学志舎限定のスタイル」は本当に最高の環境だと思います。

もう一つは、「塾長の熱意」というのも学志舎のポイントだと思います。模試の返却時には結果に合わせて、励ましの言葉やさらに向上心を持たせてくれるような熱い言葉をかけてくれます。本当に自分たち一人一人を大切に思ってくれていることがわかります。そんな先生のもとで学べる機会はそう多くはありません。僕が二度目の入塾を決めたのも塾長の存在は本当に大きかったです。

こうして二度目の入塾に至りましたが、学志舎スタイルは夏休みの期間で僕を大きく成長させてくれました。結果、最初の自校作成校模試は3科の偏差値73、クラスの中で一番の結果を収めることができました。当時、過去問ではなかなか結果が出せませんでしたが、模試の前日にノートに各教科のポイントをまとめることでその模試では手応えもバッチリつかめました。塾長の「最高やね」の一言もニヤケが止まりませんでした。しかし、ここから良いスタートをきれると思ったところから1月まで、僕は学力の不景気に襲われることとなってしまったのです。

過去問で点は取れるようになっていきました。しかし、それとは裏腹に1回目以降の模試ではどんどん結果が下がっていくばかりでした。特に三度目には「あと○○点とっても合格率30%以下」という皮肉っぽいコメントが結果用紙に添えられていました。また、冬休みの成果を実感することができた仲間の中でただ1人上がることがなかった僕は、最後の模試から危機感を感じるようになりました。多分、僕みたいに初めだけ調子が良く、調子に乗って最後の模試まで結果が上がらなかったという例は初めてだったとおもいます。

しかし、最後の追い込みは誰よりも強く徹底出来た気がします。過去問の2周目、それに伴う「直し」の繰り返し、さらには自分の苦手教科(理科と社会)に重点を絞り、合格するために必要なことだけをやりきりました。だからこれだけは言えます。つまずくことがあっても、最後まで自分の信念を突き通せば、必ず受かるということです。調子に乗りやすい僕にだって出来たことなので、みんなもできます。内申の方は9科40から43まで上げることができました。

さらに塾長や村岡先生、仲間だっています。まさに鬼に金棒です。安心して勉強に励むことができました。僕もこれからは、国高生先輩として、学志舎の後輩によきアドバイスができるよう頑張って成長します。新3年生の皆さんが、合格発表日に笑顔であふれることを今から楽しみにしています。

都立国立高校(御堂島さん)

私が学志舎と出逢ったのは中学3年生の4月でした。教室に一歩足を踏み入れ、目の前に広がる光景を目の当たりにした私は強い衝撃を受けました。静寂に包まれ、聞こえてくるのはペンの音とコピー機の音のみ。勉強などしたことのなかった私にとってその空間は、今まで自分が生活していた社会からは切り離された“異空間”の様でした。塾内の人に集中力や問題を解くスピード、全てにおいて激しい劣等感を覚えました。周囲の人へついていけるかという不安はありましたが、世の中にはこんなに努力している同級生が居るのだから自分も負けてたまるか!と奮起し入塾を決意しました。そこからの学志舎での生活で私が学んだことをお話したいと思います。拙い文章ですが、少しでもこれから受験を迎える皆さんのお役に立てれば幸いです。

私は幼い頃から習い事をしており、生活も学校と習い事が中心でした。家で机に向かう等という発想は全くなく、空いた殆どの時間を娯楽に回していました。そのため入塾時の学力テストでは「3科目の偏差値が51、5科目56」、数学に至っては「得点が40点で偏差値43」という惨状でした。模試の結果も10月、11月のニ度を除き、「合格確率が20%~39%」ととても低いものでした。このような状況から国立高校に合格出来たのには大きく分けて、3つ理由があると思います。

【1】後悔しない選択をすること

【2】楽しむこと

【3】出逢いに恵まれていたこと

1つ目に“後悔しない選択をすること”についてお話したいと思います。私はこの11ヶ月の間で多くの選択をしてきました。志望校選択や時間の使い方、そして今日取り組む科目等。大きな事から小さな些細な事まで毎日が選択の連続でした。上手くいくことも、間違ってしまうこともありましたがその中で1つだけ私が肝に銘じていた事があります。それは「結果がどうであろうと自分が悔いを残さない選択をする」ということです。たとえこの先自分の選択が間違っていた事が分かる日が来ても「あの時○○しておけば…」「○○だったら…」等と過去の自分を責めたくないと思っています。では、どうすれば良いのか?それは先生方がいつも仰っている“本気で取り組む”これに尽きると思います。

私は英語と社会に苦手意識がありました。そのため、他の教科よりも浅く短時間で終わらせて真正面からその教科に向き合う事から逃げ続けていました。やらなければいけないと理解していたものの、穴が見つかるのが怖くて遠ざけていました。しかしある時、「このままにしていたら、もしこの受験が良くない方へ転じたら後悔する」と感じ、手をつけ始めました。ここで重要だと実感したのは自分に正直になるということです。

学志舎では、問題を解いたあとに直しをします。それは答えだけでなくプロセスを大切にし、同じ問題や類似問題がでても解けるようになるまで何度も何度も繰り返し解き直しをします。始めの方は、間違いから目を背けたくて答えだけ直してしまうことがありました。しかし自分に嘘をついても成長はありません。学志舎で教わった言葉に“言い訳は敗北の前兆”というものがあります。言い訳や誤魔化しは自分の逃げ道を創る行為です。そうすると楽にはなりますが、成功を掴むには遠まわりになります。この言葉を知ってから徐々に点数も伸びるようになりました。一回一回真剣に課題と向き合う事で後悔しない勉強をする事が出来ると思います。

2つ目は“楽しむこと”です。一見、勉強や受験と聞くと辛い、やらされているといったマイナスのイメージを持っている人が殆どだと思います。私もどちらかというとマイナスのイメージの方が強かったと思います。しかし、そのようなイメージを持っていると勉強の時間が苦に感じ、効率が悪く無駄な時間を過ごしてしまいがちです。そうすると点数も伸びず、更に嫌になる…これは私が経験した負のサイクルです。これを脱するには勉強を楽しみ、好きになる事が必要です。布施先生が私達に仰ったことで特に印象に残っているものがあります。それは各自の苦手教科を声に出して「○○が好き」と言うというものでした。不思議なもので、声に出すと、たとえ本心ではなくても気付くと苦手意識も薄れていました。これを活かし、ふとした日常会話でも「○○が好き」「○○が楽しい」と言うようになると勉強も楽しくなり、意欲的に取り組める様になりました。内申は9科41から45まで上げることができました。しかし、壁にぶつかり辛い時も多々ありました。そのような時はただ辛いと悲観的になるのではなく困難の先にある志望校への夢や希望、また、困難を乗り越える事の楽しさを見出して常に前向きに考えていました。先生方の力強い御言葉や先輩の御言葉。仲間の温かい言葉を思い出して支えにした場面も多くありました。

3つ目が“出逢いに恵まれていたこと”です。いつも私を信じて親身になって応援してくださった布施先生。力強く励まし、沢山の事を教えてくださった村岡先生。いつも前を向かせてくださった先輩方。常に隣で切磋琢磨し支えあった仲間。そして、誰よりも側で見守ってくれた家族。周囲の方々のお陰でここまで諦めずに国立高校の切符を掴むことが出来ました。今まで応援してくださった方々には感謝してもし尽くせないほど様々なものを頂いたと思います。本当に有難う御座いました。

学志舎に入塾して、一生物の出逢いが沢山ありました。今まで過ごしてきた中で最も濃く、充実した、素晴らしい十一ヶ月でした。このような出逢いに恵まれたことをとても幸せに思います。これからは少しずつでも今までの御恩を返していけたらと思います。

最後となりますがここまで読んでくださった方、有難う御座いました。少しでも皆様の受験の参考になれば光栄です。受験勉強をしていると挫折や苦労を沢山経験すると思います。しかし、学志舎に出逢えたなら心配ありません。きっと言葉に出来ない程の素晴らしい出逢いが沢山待っています。自分を信じて、学志舎を信じて時間を大切にしていってください。皆様の合格を心からお祈りしております。

都立国立高校(杉井くん)

中3の5月に友達の紹介により、私は学志舎の存在を知りました。その時は、まだ詳しいことはわからずに、ただ「良いらしいよ」という情報だけを得て、早速体験を申し込みました。教室に入ると、今までうるさく聞こえていた道路の騒音が消え、塾生がペンを走らせる音とページを捲る音しか聞こえなくなり、一言で表すと「異様な空間」でした。その空気感に一瞬恐怖すら覚えましたが、塾長の解説が簡潔でとてもわかりやすく、体験を始めて数分で“ここしかない”と即決しました。そこから学志舎で過ごした8か月間で、私はここには書ききれないくらいの多くのことを学び、国立高校に合格することができました。もし塾選びで迷っていたら、一度、学志舎を体験してみてください。絶対に後悔しない塾です。

私が入塾して良かったことは、「本気になれたこと」と「国立高校に通っている先輩がすぐ近くにいたこと」です。学志舎ではとても静かな自習の環境が整っていて、塾生全員が集中しています。他塾からすれば異常な量をみんなが当然のようにこなしていて、それに負けてはいられないと自分も努力しました。「隣の人に負けるな」という塾長のお言葉で、勝手に隣の席の人と張り合うようになり、自習が楽しくなりました。自習時にはいつも先輩がいました。その背中を目標とすることでやる気が出て、国高に行きたいという思いが強まりました。

国立高校受験を目指し始めた時の1学期の素内申は38で、全然足りていませんでした。だから2学期では、まず内申UPを第一に考えて、本気で「オール5」を目指しました。「加点するより、減点されない様に」という塾長の言葉通りに、私は学校の先生が「やった方が良い」とおっしゃったことは120%やるようにしました。結果、中3の2学期の素内申は43に上がりました。オール5の45には届きませんでしたが、国立高校を受験するには十分な数字になりました。入塾後の5ヶ月間で内申を+5upさせることができたのは、学志舎が「圧倒的にやる」という塾だったからだと思います。

しかし過去問では、年が明けても満足のいく点数を毎回取ることはできませんでした。塾長の「明日受験で大丈夫?」という言葉はいつでも私の頭の中にあり、“大丈夫じゃない。じゃあなにがダメなのか?” とずっと考えていました。自分が合格するために必要なことが山ほどあるのがわかっていたので、他の人より勉強しなければいけない、そのために早く塾に行かなければと焦っていたものの、学校の終わる時間が遅くて、なかなか早く塾に行くことができませんでした。それが他の塾生に負けているような気がして、更に焦りましたが、国高に行きたいから絶対に合格すると鼓舞して頑張っていました。塾長に志望校変更を何度か聞かれましたが、なにがなんでも国立高校に行きたかったので変更することは考えていなかったです。

学校の中で、受験勉強のために学校を休む人もいましたが、私にとって学校に行くことと友達に会うことは気分転換だったので、焦る気持ちがありながらも学校を休むことはしませんでした。そうやって羽を休めることも受験期間には必要だと思います。模試では合格圏は一度だけで、あとはすべて「努力圏」でした。その時に私の心を支えてくれたのは塾長の熱いお言葉でした。119ノートが始まった時に、塾長はこんな言葉を書いて下さいました。「みんな、不安は同じ。合格したいという、とてつもなく強い気持ちを行動に移した人から合格していく。甘い自分では戦えない。もっとぶつけていけ。」それを読んだとき、“自分は誰よりも国高に行きたいと想っている”と勝手に確信して、“それならもっと頑張らなくては”と強く思い努力を続けました。

しかしそれでもまだ結果は安定しませんでした。それで入試本番の1ヶ月前を切ったときに塾長から厳しく「今のままでは不合格」と言われました。私はその時、悲しいとか悔しいとかムカつくとかではなく、むしろ自分でもずっと思っていたことをハッキリと言われたことで、すっと肩の力が抜けた気持ちになりました。そして「このままだと国高祭を作れないんだぞ!!ビリでも入れば国高生なんだぞ!!俺は絶対に不合格は嫌だ!」という塾長の喝で、“ここが自分が変わる最後のチャンスだ。絶対に合格してやる”と決意し、そこからの約3週間は今まで生きてきた中で、最も高密度な日々を過ごせました。

入試前夜に塾長と村岡先生に一言アドバイスをいただいたことや、当日の朝に塾長が校門で迎えて頂いたことで、試験は自分でも不思議なくらい全く緊張せず、いつも通りに解き進めることができました。

合格発表の日は酸欠になるほど緊張しながら国立高校に向かいました。番号が掲示されているボードに自分の受験番号を見つけた時は信じられず、何度も確認しました。その瞬間に自分のこれまでの大変な努力が全て報われた気がして、嬉しいの一言では言い表せない喜びがこみ上げてきました。その時の達成感は忘れられません。学志舎から国立高校を受験した4人の仲間が全員合格していて、塾長と一緒に写真撮影できたことも記念になりました。なかなか結果が出なくても諦めずにやってこられたのは、塾長を信じていたからです。私はこの期間で大きく成長することができました。

私が受験勉強で特に大切にしていたのは、「数学プリント」「夏期講習中の理社プリント」など塾でもらったものを繰り返し解くこと、過去問に慣れることです。それらは塾長のアドバイスによるものでした。だから今、学志舎で勉強をしている人たちは塾長を信じて根気強く頑張ってほしいです。学志舎では勉強のやり方だけではなく、自分の生き方も学ぶことができました。入塾してすぐの頃に塾長がおっしゃっていた「自分ブランド」というお言葉は私の信念にしています。学志舎で学び国立高校に合格できた自分に誇りをもち、悔いを残さないよう生きていきます。最後に、ご指導してくださった塾長と村岡先生に改めて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。また私たち後輩のために助言をしにきてくださった先輩方、共に切磋琢磨した学志舎の仲間たちがいたおかげで最後まで走りきることができました。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。さらに一番近くで私のことを心配し応援してくれていた家族にもとても感謝しています。学志舎との出会いは一生の宝物です。

都立国立高校(白井さん)

私が学志舎の入塾を決めたのは中1の春でした。それは、行きたい高校に合格したいという気持ちよりも自分を変えたいという気持ちから決めました。小学生までの私は、何もかもにやる気がなくて、冷めていました。勉強はやらないし、行事にも燃えない。”努力”という言葉が1番嫌いでした。なぜなら、幼いながらに努力は必ずしも報われないことを知っていたからです。それでも、周りの輝いている子に強い憧れを抱くようになりました。そして、体験授業での学志舎の雰囲気は、私の求めていた秩序ある自由でした。自由とは合格することのみを第一に考え、それに合わせて個人の学習方法を決めるということを指します。中1の頃は兄が進学した国立高校に強い憧れを抱きながらも、高校に対してなるようになればいいと甘く考えていました。ただ、1つだけずっと心に決めていたのはどの高校を選んでも絶対に入れるようにしようということです。そのため、内申に関しては1年生から言葉で表せないような努力を重ねてきました。本当に辛く、苦しく、命をかけてきました。内申は9科40から44まで上げることができました。そして、3年間ずっと憧れていた国立高校に入る、と幼馴染に伝えてから、私はもう逃げないと覚悟することができました。心のどこかで国立高校に入りたいと思いつつ、目を逸らしてきたからです。肝心な学力については、数学と英語を不安視していたため、集中的にやりました。その中では、特別なことはしていないと思います。ただ自分が出来るだけのことに取り組んだまでのことです。けれども、数学は12月に、英語は1月に急に解けるようになりました。過去問でも平均を大きく上回り、数学に関しては大好きになりました。数学は「〇〇」と「□□」(※部外秘)を英語は「△△」(※部外秘)をひたすらしました。あとは、過去問を気がすむまで解きました。それだけで、合格の学力を得られました。国語、社会、理科はもともと問題ないと思っていたため、暗記しかしていません。本当に全力でやれば、受かるものです。私は、自分は一般入試で絶対に受かるだろうと思っていました。なぜなら、模試や過去問で明らかな結果が出てきたからです。入試当日は「いつのまに、こんなところまで来たんだろう。あの時夢見た国高はこれだったのか。」と思ったことしか覚えていません。

しかし、問題は私の場合は学力よりもメンタルでした。私のメンタルは本当に弱く、勝手に学志舎史上最弱のメンタルだと思っております。入試に関係のない1年生の定期テストから、毎日号泣しながら勉強し、ご飯は食べられず、他にも人には言えないような様々なことがありました。その生活を3年間続け、ここから受験勉強かと思い、私のメンタルはぼろぼろでした。何度も逃げたい、苦しいと思い、実行に移しかけました。しかし、その時々に布施先生の本気の言葉や母からの言葉を受け取り「ここまで来たんだ、やってやろう」と踏みとどまりました。入試1週間前くらいから体調不良が続き、当日は15年間生きてきて最悪の体調でした。今思えば、インフルかノロだったのかと思います。その中、最後まで「国高。私ほど国高生らしい人間は国高にすらいないぞ。」と強気でいました。もちろん、当日の朝は体調の悪さも重なり、メンタルはぼろぼろで、ひたすら気持ち悪さと強い吐き気がありました。体を引きずるようにして、国立高校の校門をくぐると布施先生が鬼の形相で立っていました。いくつかそこで言葉を頂きましたが、意識が朦朧としていてあまり覚えていません。しかし、1つだけ覚えているのは「君の努力をここで国高に見せつけるんだろ。下向いてる暇ないで。」と言い、私の肩をどついたことです。目が覚めました。ともに国高に入った途端、笑みがこぼれました。それは、自信と喜びからです。

最後に。

私は「自分の3年間の努力に誇りを抱いています。その誇りを胸に、国高に入学してからも活躍して輝いていきます。」これは、残念だった推薦入試の面接で言おうと思っていたものの言うことが出来なかった言葉です。この言葉をいつか国立高校で言えるように、努力を重ねるつもりです。

布施先生、村岡先生、青山先生、渡辺先輩、高橋先輩、菊池先輩、宮原先輩、横田先輩、塩入先輩、これまでの学志舎をつくりあげてきた先輩方、本当にありがとうございました。

布施先生。先生に出会うことが出来て本当に良かったです。自分の人生を変えることが出来ました。国高に合格してからというもの、友人関係も何もかもが最高です。幸せが幸せを呼ぶ、とはまさにこのことですね。人生の恩師として決して忘れません。国高の話をしにまた学志舎に何度でも行きます。本当にありがとうございました。