☆立川(合格者)2021年

都立立川高校(Kくん)※推薦合格

僕がこの学志舎に入塾したのは、小学5年生の時です。最初に教室に入ったときに、その雰囲気に圧倒されました。しかし、様々なことに対して中途半端だった僕は、中々勉強に力を入れることができませんでした。その為、都立三鷹中等教育学校への挑戦は不合格に終わりました。しかし、「不合格」だったからこそ、この塾での最高の体験を得ることができました。
いまから、その「最高の体験」について簡潔に書きたいと思います。

勉強する上で最も大切なのは、勉強したいという意欲

この塾に入って最も良かったと思うのは、「レベルの高い、切磋琢磨できる仲間達」がいたことです。問題を解いていたら周囲から聞こえてくる「終わりました!」の声。その声を聞くともっと頑張らなくては、という気持ちになりました。また、模試などで偏差値70以上の仲間が沢山いるのをみて、自分の実力不足を実感すると共に、負けないように精一杯頑張ろうと思うことができました。勉強する上で最も大切なのは、勉強したいという意欲です。意欲が湧かない時も塾に行き勉強を始めると、集中できました。学志舎に入っていなかったら、このような勉強に対する姿勢を得ることはできなかったと思います。    

「どの教科をやればよいか」「何をするべきか」を自分で考え、実践する

学志舎では、自習の時間が多くあります。その為、「どの教科をやればよいか」「何をするべきか」を自分で考え、実践することができました。その結果として、中1、中2のとき36だった素内申を中3で43まで、10月の模試で65だった偏差値を、1月の模試で73まで上げることができました。具体的にどのようなことをしたのか、定期テスト対策、入試対策の2点について書こうと思います。

日頃の一つ一つの積み重ねが、結果につながった

まず定期テスト対策です。最も大切にしていたのは、学校でもらったワークやプリントを何度も行うことです。この中から問題が出てくると思い、力を入れて学習しました。また、内申を7つ上げられた要因として、学校で先生の話をしっかりとメモに取り、提出プリントでも人一倍頑張ったといえるほど努力ができたことが挙げられると思います。このような、日頃の一つ一つの積み重ねが、結果につながったのだと思います。

とにかく問題をたくさんやることが一番の近道

次に入試対策です。とにかく、問題をたくさんやることが一番の近道です。そして、2周目は間違えないように解説を読み込み、直しをすることで力になります。また、塾でもらった英語のプリントや数学の大問1プリント、関数プリントは何度も繰り返しました。継続は力なり、を信じることが大切です。

推薦特訓の日々を思い出し、緊張せずに面接することができた

最後に、推薦特訓についてです。普段の授業ではほとんど会話をしてこなかった仲間達と面接練習をたくさんする機会がありました。そのなかで、自分の癖や良いところ、悪いところを見つけることができました。また、先輩方や村岡先生のサポートに支えられました。自分のことだけでなく、面接官の視点から仲間達のことも知ることを通じ、みんなで団結し、本番に臨むことができました。推薦特訓の日々を思い出し、緊張せずに面接することができたからこそ、推薦入試に合格できたと思います。僕が立川高校に合格できたのは、布施先生、村岡先生、先輩方、仲間達、両親など、色々な人の支えがあったからです。学志舎にいたからこそできた体験が沢山あり、成長できました。長い間本当にありがとうございました。

都立立川高校(Oくん)

私が学志舎に入塾したのは小学校6年生の3学期です。母に勧められて学志舎の体験授業に参加しました。学志舎の体験授業では驚きがありました。まず授業の雰囲気です。同級生たちが真剣な眼差しで問題を解いている、小学校の授業とは大違いでした。次に驚かされことは学志舎の授業は、先生に教わる時間よりも問題を解く時間の方が長いということです。授業内で多くの問題を解くことができ、授業内で多くのことを身につけられると思いました。これらのことから学志舎の入塾決めました。

中学3年間で内申は10上がり、41になりました

私の中学1年生の時の内申は31でした。しかし、中学3年間で内申は10上がり、41になりました。内申が上がった理由は、「学志舎の先輩方のアドバイスを聞き実践したから」です。また、学志舎の授業や自習を通して集中力がつきました。授業や自習はつらく大変でしたが、今では集中力をつけてくれた大きな財産です。

「学歴よりも学習歴が長い人が勝つ」

模試では偏差値が安定せず、よく落ち込んでいました。しかし、切り替えは上手に出来たと思います。私の切り替え方法は「模試を受けた2週間前よりは成長していると思うこと」です。学志舎の授業を2週間受けていれば、確実に成長し続けているので、そう考えるようにしました。布施塾長がよくおっしゃっていた、「人と違う結果が欲しいのなら、人と違うことをするしかない」という言葉が印象に残っています。この言葉には学志舎のメソッドがすべて詰まっています。他の塾とは比にならない圧倒的な問題演習量や日々の努力、自分を誰よりも信用すること。これら学志舎のメソッドは色々な状況、場面で通用すると思います。村岡先生の忘れられない言葉は「学歴よりも学習歴が長い人が勝つ」です。この言葉は最後の授業でおっしゃっていたのですが、今までの自分にはない考えで感動しました。勉強以外に教わったことが3つあります。(1)人としての基本的な礼儀(2)何ごとにも絶対必要な集中力(3)努力の大切さの3つです。これらのことを学ぶ機会は少なく、学志舎で中学生の3年間学ぶことができ、感謝しています。布施塾長や村岡先生、学志舎の先輩のアドバイスを聞いて要点を掴んで、実践することが大切です。ぜひ学志舎で努力して第1志望校に合格してください。3年間ありがとうございました。布施塾長や村岡先生のお陰で充実した中学3年間を送ることができました。学志舎で3年間勉強できたことは私の大きな財産です。いつか出世払いできるように頑張ります。これからもよろしくお願いします。

都立立川高校(Kくん)

ここなら自分を成長させられる

私が学志舎と出会ったのは小学5年生のときでした。今思えばこの学志舎という環境に、長い間身を置けたことはとても恵まれていたと感じます。それまで塾に入ったことがなく、どういう所なのかと不安に思っていましたが、いざ授業を受けてみると、学校とは全く違いスピーディーかつハイレベルに授業が展開されていくことに衝撃を受けると同時に、ここなら自分を成長させられるという確信が持てました。

長時間集中することが習慣として出来るように

学志舎では問題演習の時間が非常に多く取られていて、隣の人より一秒でも早く終わらそうという競争意識が芽生えたことも良かったと思います。私が所属していた部活はとてもハードで、一日休みの日が殆どなかった為、家で勉強する時間はあまりありませんでした。そのことを自分で自覚し、“学志舎にいる間は頑張るしかない”と自分に言い聞かせることで、長時間集中することが習慣として出来るようになりました。

「量は質に転換する」

学志舎はただ静かな環境で勉強するだけの場所ではなく、先生方や先輩方から的確でアツいメッセージを頂くことができ、自分自身とても勇気づけられ、心の支えになりました。その中で特に印象に残っている言葉は、村岡先生の「量は質に転換する」というものです。私はそれまで勉強は量と質のバランスが大事だと思っていました。しかしこの言葉の本質は量をこなさないことには始まらないということです。より多くのことを自分の中に吸収することで、このやり方がベストだ、などと分かっていく、つまり自然と質が上がっていくわけです。このことは自分にもすぐ実感できました。私はそれまで定期テストの準備としてまず教科の勉強する順番などを考えて計画表をつくっていました。しかし、それもかなり時間がかかり、肝心の勉強時間は削られ、作るだけで苦労する上にその計画通りにいかないこともありました。そこから私はその言葉を心がけ、勉強する時間もノートまとめより問題をとにかく多く解くようになりました。そのことが一つの要因となり、模試偏差値が上がっていきました。他にも沢山のアドバイスをいただき、とても励みになりました。本当に感謝しています。今回、合格体験記という形で今までの日々を振り返っていると自分は本当に多くの方に支えられてきたように感じます。布施塾長、村岡先生、先輩方、切磋琢磨した仲間達、そして家族には本当に感謝しています。この5年間充実しすぎていた学志舎での日々は、私の人生を大きく前に進めてくれました。本当にありがとうございました。

後輩の皆さんへ

どのように勉強したらよいのかと考えることはあると思います。ですが「勉強に王道はない」と思います。「地道に目の前の一問に取り組むこと」が一番の近道で、多くの人がすでにそれを知っていますが、実際に行動する人はあまりいません。挫けそうになったとき程、周りを見渡してみてください。必死にペンを動かす仲間達、塾生のことを一番に考えてくださっている心強い先生方など学志舎以上の環境はありません。志望校への強い想いを抱きながら頑張って下さい。応援しています。

都立立川高校(Kくん)

私は受験に落ちました。いまブラウザバックしようとしている人は、一旦落ち着いてタイトルを見てみてください。しっかり合格体験記と書いていますから。私は都立中に落ちたということです。私と学志舎の出会いは小学6年生からです。初めて学志舎に訪れたときに、学志舎では誰も話さずに机に向き合って、筆記用具を動かしており、どこか狂気を感じ取りました。又最初の授業を受けたときに布施塾長がおっしゃった「勉強を舐めるな!」は今でも忘れることができません。私は学志舎に入り、公中検模試で最高偏差値75を取った状態で都立三鷹中を受験しました。しかし都立三鷹中には縁がなかったのか落ちました。そこから私はNHK(西、日比谷、国立)のどこかに入ろうと思っていました。(※NHKは布施塾長の造語)

内申は絶対におろそかにしないでください

私は中学3年生の最初の頃、都立国立高校を目指していました。しかし、私は1学期の内申で33を取ってしまいました。もう一度お伝えします、33です。本来この内申ならば、難関クラスで学ぶことはできません。応用クラスでも下から数えたほうが早いほどの内申でした。しかし、こんな私を見捨てずに難関クラスに席を置き続けてくれた先生方には感謝しかありません。私は秋になってから勉強に対するやる気がどんどん薄れてきてしまいました。それでも勉強はしなければいけない。そのような状況の中で偏差値は徐々に下がっていき、そのせいでやる気が湧かなくなる。そのような負のスパイラルが起きてしまい、自分は今なぜ勉強をしているのだろうと思ってしまうようになりました。そのときに一旦勉強から離れる時間をつくりました。そう逃げました、超逃げました、嫌なことから。そしたら、ちょっとずつちょっとずつ気持ちに余裕が持てる日が増えてきて、徐々に勉強に集中できる日が増えてきました。私は先程記述したとおり都立国立高校を志望していました。しかし、偏差値は徐々に下がっていき、内申も最終的には37までしか上げることができなかったため、模試でもS、A、Bの合格判定が取れず、志望校を泣く泣く変更することになりました。私は今でも志望校を変更したことに少し悔いが残っております。これを読んでいる人は志望校を変更しないようにするために、精一杯頑張ってください。そのためにも内申は絶対におろそかにしないでください。

予想問題のプリントは「5年分×5回分×2教科分=50回分」

私は私立錦城高校を受けましたが、内申が足りなかったため特進コースは併願優遇無しで受けました。説明会で特進コースに合格する人の9割は併願優遇を取っていますと言われ、特進コースは厳しいと思っていましたが、合格することができました。この合格のおかげで、私は気持ちに余裕を持つことができ、都立立川高校受験の本番でも落ち着いて受験をすることができました。私はもともと模試などでも理科社会は90点台を連発していましたが、年が明けるまでは国語、数学、英語の3教科を徹底的にしてきたため、3教科は点数を取れるようになってきた一方、理科、社会の2教科は点数が下がっていき70点台を取ることがしばしば増えてきました。そこで、都立高校受験まで私は、理科、社会をたくさん解きました。特に予想問題のプリントは「5年分×5回分×2教科分=50回分」を直前まで解き続け、そのおかげで理科、社会が90点以上になり100点も頻繁に取れるようになりました。理科、社会はいつでもでき、また解けば解くほど点数が上がっていく教科でもあります。年が明けてから始めても遅くありません。また最後の模試では都立立川高校の合否判定はA判定が出るぐらいまで成長することができました。私は都立中受験を経験していたこともあり試験本番はあまり緊張しないで自分が持っているものを100%ぶつけることができました。合格発表までの9日間は緊張しましたが、合格発表のウェブサイトを見て自分の番号を見つけた瞬間、叫びました。この1年間ずっとためてきた不安やストレス全てが吐き出されたように感じたとともに、達成感が湧いてきました。しかしどこか、モヤッとした感じがありました。多分それは、本当の第一志望は都立立川高校ではなく都立国立高校だったからだと思います。内申が足りずに変更した第一志望、それだけが今回の受験で心置きなく終われなかったところだと思います。

都立中に落ちた人へ

都立中受験は普通のテストではないことから少し運も必要になってきます。だから落ちるのはしょうがないと割り切ってしまいましょう。そう思う方が気が楽です。また高校受験では、中学受験のときに使った知識が役に立つことが大いにあります。都立中に落ちた人は、受けたことがない人よりもアドバンテージがあると思います。自分が受けた中学よりも上の高校に入ってしまえばリベンジ成功です。そうなるように祈っています。

後輩のみなさんへ

私から言いたいのは一つだけです。「内申を大切に」僕は内申のせいで、志望校を変更して、変更した志望校でも厳しい戦いをすることを強いられました。内申を上げることは難しいし、我慢しなければいけないこともたくさんあるでしょう。けれども“それを一つ一つ我慢していけば、第一志望の高校に近づくことができる”そう思って学校の先生方への態度の一つ一つをしっかりしていってほしいと思います。学志舎では過去問を他の塾と比べ物にならないぐらい解きます。そのおかげで問題の特徴がつかめるようになってきて、問題を徐々に解けるようになっていきます。都立高校を受験するならば学志舎以外に選択肢はないと思います。学志舎には「一生忘れられない出会い」がたくさんあります。私が学志舎に入っていなければ自校作成校を受けるという考えはなかったと思います。みなさんも頑張れば十分目指せると思います。最後まで夢を捨てずに頑張ってください。最後に自分が好きな曲の一部分の歌詞で締めたいと思います。「明日へ 伸ばせ 掴め 未来は君の手の中にある」

都立立川高校(Hさん)

「この雰囲気の中で自分を高めたい」

私が学志舎に入塾したのは中学2年生の2月でした。中2の10月頃から立川高校へ行きたいと思っていたので、同じ中学の先輩が通っていた学志舎の体験に行かせて頂きました。その時、受検を控えた先輩方がとても集中して自習をしている姿に圧倒され「この雰囲気の中で自分を高めたい」と強く感じました。私は入塾する前は毎日部活をして帰ってきて、すぐに夕飯を食べピアノの練習をする生活をしていたため、テストの時以外は勉強の習慣がありませんでした。そんなこともあって、進みが速い学志舎の塾の授業はついていくのが大変でした。さらに問題を解くときに周りの「終わりました」の声も早く、焦ってしまうことが多かったです。でも、“私もみんなのように速く「終わりました」が言えるようになりたい”と思い、そのために復習をしっかりして、宿題の直しも徹底しました。

「明日、受検で大丈夫か?」という言葉を何度も自分に問いかけて

また宿題の範囲の他にも自主的に問題を解きました。そうすることによって授業内容も分かるようになり、だんだんと周りと同じタイミングで「終わりました」が言えるようになりました。また、それを続けたお陰で入塾前と比べ、家での学習習慣もついたと思います。人と比べて疲れやすく体調を崩しやすかった私は、授業の日も休んでしまったり、3年の後半になって学志舎の皆が毎日自習に行っているのに私は何日も家で自習していたりすることがあり、“こんな感じで本当に大丈夫だろうか”ととてもネガティブな考えになってしまうことが頻繁にありました。しかし、塾長が「無理はしないで大丈夫。家でも集中出来ていれば大丈夫だから」と言ってくださった時があり、その時に一気に心が楽になりました。そして、家で自習をする時、私は”誰よりも頑張ろう”と思って気合いをいれていました。気が緩んだ時は、塾長がおっしゃっていた「明日、受検で大丈夫か?」という言葉を何度も自分に問いかけて奮起しました。

毎日自分に出来る最大限の努力をする

また、村岡先生がおっしゃっていた「今しか出来ないことをやる!」という言葉をいつも思い出して、1日1日を大切にして頑張ろうと思いました。先生方がそのように導いてくださったからこそ、自分のペースでも毎日自分に出来る最大限の努力をすることで着実に前に進んでいけるはずだと前向きに捉えることが出来ました。そして、そのお陰で合格を勝ち取ることが出来たと思っています。

後輩へのメッセージ

学志舎には「自分より集中力があって高い志を持った仲間」がたくさんいました。だから、“私はもっと努力しなければ”と自覚することができ、“私もこんなふうになりたい”と思うことができました。このように周りから刺激を受けたことも立川高校に合格するために大切だったと思っています。学志舎は、いつも塾生のためを思ってアツい指導をしてくださる布施塾長、村岡先生がおられ、後輩思いの先輩方やレベルの高い仲間がいて、自分を高めるために本当に良い環境が整っています。私は学志舎に入っていなかったら、中途半端な努力しか出来ずに後悔していたと思います。学志舎に通えることに感謝して、自分の出来る最大限の努力をしてください。応援しています。