「若者たちに」 故・住吉弘人(コスモ石油相談役)

塾長です。

私が20代の時に強く影響を受けた詩をご紹介します。半年間、日本を離れ世界の海を渡る「遠洋練習航海」に出た際に繰り返し読んだものです。これから先も何度も読み返し、自分を見つめ直すのだと思います。

塾生もこの詩から何か感じるものがあれば嬉しく思います。

「若者たちに」 故・住吉弘人(コスモ石油相談役)

若者たちよ 何の為に生まれたのか知らされず 何をすべきかも分からず あてもなく街を歩いている若者たちよ 本を読み続ける忍耐はなく 淋しくて一人で居ることにも耐えられず 友達との実りなき対話で時を消費し 持て余したエネルギーを彷徨に費やし 或いは時に 非行に発散する若者たちよ

 

君たちにどんなメッセージを贈ればよいのか 八十年近い私の人生体験も余り役立つ言葉を生み出してはくれない 私の着物は最早時代にそぐわない古びた衣装のように思えるし 人は誰でも他人の助言で生き方を変える程 素直でないことを 私自身よく知っているが それを承知で架空の若者に伝えたいことを語ろう

 

世界は広く大きい 様々な自然や動物 様々な個性の人間 様々な人類の遺産に満ち溢れている その中を歩き廻り美しいものに眼を開き 美しいものを探し 美しいものに触れて欲しい 旺盛な好奇心をもって美しい人格 美しい言葉 美しい思想 美しい絵画 彫刻 建築 美しい音楽 演劇 そして壮麗で神秘な自然 宇宙 それら様々な美に身をゆだねて欲しい そして何より美しい行為 美しい献身や人情に触れ 美しいものに感動する人になって欲しい 志すのは美の狩人になること

美しいことは善い事とは違う 献金は善い事だが虚栄や利益のためにするなら美しい行為ではない 江戸時代に鼠小僧次郎吉という大盗賊がいた 借金に苦しみ心中しようとした若者と娘を憐れみ大名の邸宅から金を盗み それを与えて命を助けてやった次郎吉が金を盗みに忍び入った大名邸宅はその数八十八軒に及び これを悉く貧窮の者に散じたという ついに捕らえられ死刑となる 三十六歳 次郎吉は悪人である しかしその心根は美しい 次郎吉は男の美学を貫いた

 

善悪は交通信号の如く国により 時代により異なる しかし美は普遍 万国共通 人種 宗教を超え高貴な感情を友とし 魂の根源を浄化する 大政治家を志すのもいい 二二00年前の秦の始皇帝の治績は偉大だ 初めて中国を統一し 万里長城を築き二千年も続く中華帝国の基礎を創った 今もその恩恵を受けている

 

しかし三十五歳で死んだモーツァルトの音楽は二百年を経て今も世界の人々の心を洗い 美しく哀しく 或いは愉しく高揚する魂の感動を生み続けている その美しい数々の旋律は 今後も地上の至る所で何億人もの人々の心を慰め癒し励まし続けてゆくことだろう 人類への貢献度の大きさは測りえない 人生は短し 芸術は永し という言葉は私の心の中で様々な思いを惹き起こさせてやまない

 

美の狩人になる為には 二つの世界へ旅をしなければなるまい 一つは 日本の国の遠い街々 出来れば世界の異なった国々の街々 美しい自然の懐へ もう一つは 人類の先賢たちが書き残した古典の世界への旅 人類の歴史への旅 読書への没入だ

 

若者よ 旅をし給え 現実の世界へ 目的は持たなくてもいい 出来れば独りで 山に行き給え アルプスのどこかに登るのだ 山々に独りで対した時 山は不思議な自然の感動を与えるだろう 人間の矮小さも教えられる 日本の古都 神秘な湖沼 見知らぬ寒村 遺跡 花 何を尋ねてもいい 全く違った人々の生活と美しい自然にふれ 独りの旅であれば 初めて孤独の中で自分に向き合い 「人生とは何だ」と考えるに違いない

 

外国に旅をすれば 日本の国と日本人の姿が見えてくる 日本の美しい自然 なかんずく美しい四季豊かな衣食 日本人の勤勉など しかし同時に看板や電柱の氾濫する日本の街並みの醜さ 住居や公共施設の貧弱さ そして買い物への執着 美への無関心 語学力の貧弱と非社交性など日本人の醜さも分かるだろう 又人種 宗教 国境の差の重さを知り 祖国愛が湧くかも知れない そして日本という国が世界に発信しているメッセージは何だろうという疑念を抱くのではないか そして何より こうした自由な旅の出来る平和と世界の融和の重大さ気付くに違いない

 

旅は偉大な教育である 若者よ 語学を学び 世界に旅をし給え 私は昔メキシコのユカタン半島に行った独り旅を思い出す 広漠たる平原の人気ないピラミッドの上で独りたたずみ 荒れた地球の寂しさと亡びたマヤ人達の声に打ちひしがれた そして一軒しかない小さなホテルでギターを弾き鳴らし乍ら歌うメキシコの民謡を聞いた その哀切な旋律 私は地の底に堕ちてゆくような旅の孤愁に耐えられなかった その時から私は孤独に自足することを覚えたような気がする 私は約十日間食事の注文など必要な会話以外誰とも話をしないでカリブ海の国々を歩き廻った カストロ政権誕生直後のキューバに飛行機から降りたのは三人のキューバ人と私だけだった

 

若者よ 独りでいても淋しくない人間になり給え 之は難しいことだが 必要なことだ 年をとれば友達は少なくなり 孤独な時間は益々ふえる 人間は誰でも独りでは生きられない動物だ 生まれ乍ら集団維持本能を持っているのだから だが独居独楽を学ばなければ駄目だ

 

独りで自足するには独りで楽しめる好きな事を ある趣味を若い時から持つことだ 私の場合は絵を描く事だが読書でもギターを弾くことでも 鳥を観ることでも 釣でも 写真でもいい 夢中になれればいい その趣味が孤独を慰める そしてその趣味が友達をつくるのだ 楽器を弾ければ音楽を聴くのも楽しくなる 絵を描けば絵を観ることが楽しい 野球やサッカーの観戦もいいが自分でやるにこしたことはない 傍観者でなく行為者になる事だ

 

若者よ もう一つ古典の世界への旅も大切だ 小説を読み給え 人生を学ぶ為に 自分の考え方が誰よりも正しいと思っているのだろうか そんな自信はあるまい 違った考えの友達がいる事を君は勿論知っているのだから しかし世の中には君が想像もつかない考え方や生き方をしている人々が沢山いることを知るべきだ どうしたらそんな人に会えるのか 古今の小説を読めば 君より遥かにすぐれた人 勇気のある人 愚かな人 大悪人 君と同じ悩みに苦しむ人々に会える

私は人間を二分類する 他人の気持ちが分かる人と分からない人 この二種類だ 大臣でも大学者でも人の気持ちの分からない人は私の友ではない どうか若者よ 君は人の気持ちが分かる人になって欲しい 傷ついた人に涙するやさしい心 打ちひしがれた人を助ける勇気 他人の悦びを悦び 悲しみを共に悲しむ心を持って欲しい そういう人こそ真の勇者なのだ 小説の世界に溺れ 君は悲恋に涙し義侠に胸躍らせて 君の感情は豊かになり 人間の世界を知るのだ 本を読むには多少の忍耐が要る しかしその忍耐の時間に君は考え想像し反省し決意が出来るのだ テレビや映画もいいが 自分で考える余裕を持たせてくれない 観終わったら感動をかみしめなくてはいけない

 

もう一度やり直せたらと思うが 人生は一度しかない そして死の床で自分の人生を振り返り 独り自分の人生の決算をするのだろう 誰も財産や自分の作品や写真のアルバムもあの世に持って行けない 持って行けるのは自分の過ごした生涯の想い出だけだ 若し君がある美しい鮮明な想い出を二つ三つもてたなら それは素晴らしい事なのだ

死と共にすべては失われる だが死の瞬間まで美しい想い出を創る種はこの地上に無限にある この地上は美に溢れている 好奇心に溢れ 美の狩に夢中になって 死の瞬間まで美に我を忘れて過ごせれば それが至上の人生であろう