合格体験記(2020年 都立西高校3:伊東さん)

私が学志舎への入塾を決めたのは中学3年生になる春のことでした。私は3年前、中学受験で不合格になりました。当時通っていた大手塾にはそのまま中学2年生の秋頃まで籍を置いていましたが、小学生の時に競い合っていた仲間がこぞって合格し、繰り上がるように塾内トップとなった私は、仲間と切磋琢磨する楽しさを感じられなくなり、次第に塾へ顔を出さなくなっていました。しかし、その頃には「西高に入る!」という明確な目標があり、そのためにどうしようかと母と2人で沢山の情報を集める中で、学志舎の存在を知りました。

実際に通ってみると教室にはいつも緊張感があり、また、大手塾で感じていた授業のテンポの悪さや、成績至上主義的な居心地の悪さなどがほとんど無い、効率的でいつも熱気に溢れるとても魅力的な塾でした。ここでは、それからの約1年間を振り返っていこうと思います。

 

入塾後、すぐに夏期講習が始まりました。私は休憩時間も一心不乱に過去問の直しや、学校でまだ習っていない単元の確認などに勤しみました。しかし、都立共通問題の過去問を解いていくうちに、点数が取れることに対する甘えが出始めました。周りの塾生が20時まで自習をする中、私は殆ど18時頃に帰っていました。そして休み明けの共通模試で良い結果が出たことを皮切りに、私は危機感を持たなくなり、自習にも顔を出していませんでした。そのような日々を過ごし、初めて受けた自校作成校の模試では得意科目の数学で19点を取るという大失態を犯しました。とても悔しくて、自習に通い、遅れを取り戻そうと焦りながらもひたすら過去問を解きました。しかし、それでも模試の成績はなかなか上がりませんでした。それに加えて私は英語が苦手だったので、模試で努力圏をとってしまうことが何度もありました。学校で多数の仕事を抱え、受験勉強もスランプに陥って、元々体の強くない私は身体もメンタルもボロボロでした。これが9月末から12月初めまで続きました。

 

そんなとき、塾長から声を掛けられました。西高への想いを確認され、私は「私立は一応併願優遇をとってもらうけど、西高に通っている自分しか想像出来ない」と答えました。最初は自分の西高への熱意を感じて貰えていなかったのかと落ち込むこともありましたが、このやりとりのお陰で「絶対、西に入る!」という想いがより一層大きくなりました。

 

それから冬期講習が始まり、大量の過去問を解いていくうちに、数学で何度も90点台を取ったり英語の点数が大きく伸びたりとそれまでの我慢の時期が一気に報われ始めました。そして、1月に受けた最後の模試では5科偏差値72、S判定をとることが出来ました。1つ前の模試から+upでした。

 

推薦対策の2週間はとても充実していました。同じ西高志望の塾生と仲良くなったり、西高の先輩方のお話を沢山聞けたり、何より自分自身と向き合うことができました。結果的に推薦では不合格でしたが、今後の糧になるような経験を得ることが出来ました。

 

2月に入ってからは特に焦ることもなく、逆算して立てた計画に沿って淡々と、でも拘って得点力を培いました。今振り返ると、このときの集中力と合格への執着が私を西高に近付けてくれたのだと思います。しかし、それでも受験直前はとてつもない不安に襲われました。中学受験と推薦入試での失敗やサボっていた時期のこと、他の塾生ほど「頑張ってきた」と言えないことなどがずっと頭から離れませんでした。ですが、最後に私の背中を押してくれたのはとある先輩の合格体験記でした。前日にそれを読んでようやく吹っ切れて、当日は自分の力を発揮出来ました。

 

今この合格体験記を読んでくださっている後輩がいたら、伝えたいことがあります。私は他の人になんと言われても、自分で自分を認めることができませんでした。受験期は辛いことが沢山あって、励まされようと見た合格体験記で逆に自信を無くすことも、自信が持てないこと自体に対して嫌になることもあると思います。だけど、結果が出なくても、周りの勢いに呑まれてしまっていても、その悩みが出てくる時点で既に沢山頑張っているのだと思います。そして、それを見てくれている人は絶対にいます。これは、学志舎に通っているだけで合格できる、という意味ではありません。苦しくても手を動かしていたなら、絶対前に進んでいるよ、という意味です。私がそれに気付いたのは合格後でした。今になって当時の頑張りが自信になっています。最後になってしまいましたが、何度も喝をいれて下さった布施塾長、沢山励まして下さった村岡先生、西高の魅力を再確認させて下さった先輩方、そしてずっとサポートしてくれた家族への感謝は計り知れません。学志舎卒塾生の名に恥じぬような、魅力的な人になれるよう励んでいきたいと思います。本当にありがとうございました。