【101】息子に起きた様々な変化は“布施マジック”

“そろそろ塾に行きたい”

中2の1月。末っ子で親、兄姉に甘えてきた息子が、自分の意志で言った言葉に“何とか力になりたい”と思い、インターネット等を調べ、学志舎を知りました。息子は私立育ちでしたが、併設する高校がない為、高校受験は必須でした。体を動かす事が好きでサッカーをしていましたが、中学校の部活は人数もそこそこのチーム。高校ではサッカーと勉強の両立を目指したいとの理由で都立駒場高校を希望していました。

学志舎のホームページを見て、そんな息子にピッタリだとピンときて、早速、面談をお願いし、布施先生の若さと情熱に息子の力を引き上げてくれるのではと感じ、お世話になることにしました。息子はあまり積極的な方ではなく、自分から質問する事は苦手でした。そんな息子に布施先生は自ら声を掛けて下さり、丁寧にご指導下さいました。息子は布施先生のお話やお姿に刺激を受け、勉強に対する姿勢や取り組み方が変わっていきました。中学校は私立なので課題も多く、夏期講習も思うように通うことができませんでしたが(通わせたかった、、、。)、それでも嫌な顔一つせず、ご指導下さった事、本当に感謝しております。

都立推薦入試の直前には、作文、集団討論、面接の練習をして下さったのですが、その中で息子の口ぐせを指摘して頂き、布施先生のおっしゃる事は素直に聞くことが出来る息子は、私がビックリする程、短期間でそれを克服し、推薦で第一志望である都立駒場高校に合格する事ができました。

一年間の通塾の中で息子に起きた様々な変化は“布施マジック”以外の何物でもありません。布施先生との出会いが息子を変えてくれたと思います。これからも人生の師として、末永く見守って頂けたらと思います。そして息子にもお世話になった布施先生、諸先輩方、塾生の皆さんに恩返し出来る様に、しっかりと人生を歩んで欲しいと思います。学志舎の益々のご発展を心からお祈り申し上げます。ありがとうございました。

 

 

 

【102】「西を奨められた。」と言われ、「え?!無理でしょう!」

息子は中3の夏休みからお世話になりました。きっかけは中学の部活仲間からの紹介でした。もともと息子には「自分のことは自分で考えて決めてね!」と言い、受験に関しても本人に任せていた私は、息子から塾名を聞いた時は、正直“学志舎!?”と初耳で場所も知りませんでした。(失礼)その上、体験授業の日は「夏からなので毎日のように自習に参加させて下さい。」という塾長の熱意に反して「しばらくは息子のペースで慣れていくことから始めて良いでしょうか?」と聞いてしまったほどののんびりとした親でした。さらに入塾時の志望校はいわゆる“三北”のいずれかでしたが、2学期に入ってから息子から「塾長に国立とか西を奨められた。」と言われ、「え?!無理でしょう!」と受験生の母らしからぬ一言を思わず言ってしまったこともありました。

それから2か月後の11月。塾長から面談を求められ、「まだ本人が持っている潜在能力をまだ出し切れていません。このままではもったいないです。もっと授業時間以外も塾に来させてください。」と喝とも言える有難いお言葉を頂きました。国立と西を迷った末、西高を第一志望とすると決めた息子はやっとスイッチが入ったのか?それともヤケになって開き直ったのか?(笑)ほぼ毎日通うようになりました。が、たまに「行きたくねぇ~」と言う時もありましたが、そんな時は思いきって一日休んでonとoffを上手く切り替えていたようでした。中3の男子。塾の様子も自分の状態も語りませんでしたが、おそらく塾長は塾生一人一人の個性を見抜き、それぞれに応じたご対応、ご指導をして下さったに違いありません。そして、息子の持っていたものを引き出し、大幅に伸ばして下さったに違いありません。受験当日までは、学志舎で過ごした時間や経験は、結果に関係なく、息子の将来に役立つものになると思いながら、見守り続けていました。

そして結果は第一志望の都立西高校推薦入試に合格!

自ら進んで机に向かう習慣のなかった息子が塾長のアドバイスをきっかけに自分で決めた高い目標に向かって頑張ったことを褒めてあげたいと思うと共に、学力だけでなく、万全の準備で集団討論や面接に向かうことができた強い精神力や適応力など将来に役立つ大きな力を授けて下さったことを大変有難く、感謝しております。塾長にお任せし、息子を信じ、私は体調管理に気を配るだけで良い日を迎えることができました。本当にありがとうございました。

 

 

 

【103】担任の先生から「こんなに伸びた生徒は

「塾には行かない。」

それが、息子の考えでした。中学3年になって、近所の塾の体験会のちらしが来たので、試しに行かせてみたのですが、続ける気はまったくないとのことでした。本人にその気がないなら行かせても無駄だと、親の方でも塾という選択肢は消えました。自分で友達と一緒にやっていきたいのなら、それでよしと、のんびりした1学期が終わりました。

夏休みの直前、たまたま調べ物をするために、パソコンを開いたのですが、武蔵境に近い塾のお知らせサイトがあって、その一番初めに学志舎の短い案内がありました。なにか特別な感じがする紹介文でした。まったく乗り気ではない息子に「先生の話を聞くだけ。体験授業も受けなくていいから。」と約束し、面談予約をしてから教室に行きました。塾は拒否していた息子でしたが、布施先生から受験に関するいくつかのアドバイスを頂いて、少し心が開かれたようでした。入るかどうかは夏休みの後に決めるということになり、彼に「他の塾の事は調べたこともないから、比較の上でというのではないけれど、この塾がダメなら、もう他の塾はないと思う。」と言うと、反論はありませんでした。

家族の夏休み計画は長期旅行で、息子には申し訳なかったのですが、例年通り、登山、魚釣り、キャンプと盛り沢山の遊びで一杯でした。やろうと考えていた勉強があまり進まなかったようで、あせったのではないかと思います。夏休みの後、塾はどうする?と聞くと、「入る。」との返事。この決断をさせてくれた神様に感謝しています。塾は夏期講習が終了し、学校の教科書はすでに最後まで履修済みという状態。布施先生から「今からだと大幅な遅れを取り戻し、みんなに追い付くだけでも大変だけど、がんばれ。」と励ましを受け、入塾させて頂くことになりました。

9月半ばに息子は友達と立川高校の文化祭に行き、また学校説明会にも参加して、ここに行きたいと、立川への強い志望を持つようになりました。遅すぎるスタートでどうなるのかわかりませんでしたが、とにかく学志舎で学び続けました。塾での様子は私にはまったくわかりません。しかし、そんなことを質問して答える時間を取ってしまうのがはばかられる程、一生懸命やっていました。

2学期の内申はとても上がり、学校での進路面談で担任の先生から「こんなに伸びた生徒は今まで見たことがありません。」と言われました。

今年に入り、1月に受けた自校作成校模試では偏差値74になり、立川、国立は安全圏、筑駒等難関国私立も合格圏という判定でした。志望を国立に変えたら?と勧めたのですが、立川への夢と、立川でしっかりやっていきたいという一貫した意思はぶれませんでした。合格発表を見に行く朝は、制服がないので入学式はどうするのかというような話題も出て、やりきったことからくる自信で落ち着いていました。すでに合格していた私立の手続き票は頭のすみにもなかったようで、私が万一を考えて、無理やり持たせました。彼は「大丈夫だ。」と言ってくれた布施先生を信じていました。

塾のどこがよかったのかは、先述の通り、よくわかりません。ただ、ある日、社会の話題を食卓で話していた時、息子が「そんなことは布施先生から聞いている。」と言った口調が印象深く思い出されます。布施先生が授業の合間に実社会に出た時のいろいろな話を語って下さっていたようです。家族が知らない世界を先生から教えてもらっていて、そのことを誇らしげに思っている側に彼はいました。子供が信頼している人についている。親としてはそれで充分でした。

合格してから、ふと、立川高校の倍率は一体どのくらいだったのかと思い、パソコンで見てみると、男子は2倍超えで年々上がっていると書かれていました。塾だけのお陰で合格できたと言うつもりはありません。今まで多くの方々に支えられて息子はここまで成長させて頂きました。いろいろな方のお顔が目に浮かびます。しかし、9月からの無謀な挑戦に対しては、布施先生が子供と一緒に全力で走って下さったのだと思います。また、受験前夜にバウムクーヘンのお菓子をもらって子供が帰宅しました。1人の塾生のお母様がみんなに下さったとのことでした。お菓子の包みの上にはマジックで「自信を持って!」と書かれていて、私はそれを見て、胸が一杯になりました。子供達一人一人への暖かい励ましでした。そのような親御さんを持つ生徒さん達と一緒に学ばせて頂いたことも本当にありがたく思っています。(今後は9月からでは席がないのではと想像しています。彼がぎりぎりで入塾できたことは、今思えば見えないドアが開かれたようなものでした。)

最後に。

2月号の学志舎通信に「受験生の親御様へのお願い」として、以下のことが書かれていました。「そっと見守り続けてもらいたい。この時期は周りからいろいろと話をされても耳に入らない時。勝負しようとしているわけですから、一人で集中していたいものです。ですから、ご家庭では偏差値がどうこう、苦手科目をどうするのか?といった勉強面のお話は極力避けるようにお願いします。あくまで受験するのはご本人です。」

確かにその通りだと思いました。親はなにもできないところで子供は戦っていた。そして、布施先生はぎりぎりのところまで子供に寄り添い、応援して下さったのでしょう。もちろん合格すれば努力の結果が見えてうれしいことではありますが、やはりそれは二の次のことと思っています。6ヶ月間の集中した勉強は強いられてできたことではありません。受験という関門に向かう中、彼は本当に打ち込んでいました。なにかをつかんでいる様子がよくわかりました。人生の中でこんな経験をさせて頂いたことこそ、彼にとって幸いなことでした。

布施先生、本当にありがとうございました。先生と先生のご家族がこれからもお幸せでありますように、そして学志舎で共に学ばせて頂いたお子さん達の新たな一歩が祝福されますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

【104】先生の教育に対する熱意と信念に触れ、

お陰様で息子は桐朋中と海陽学園中に合格することができ、この春より桐朋中に進学する予定です。学志舎で過ごした期間はわずか1年足らずでしたが、布施先生のご指導の下、目標に向かって真剣に取り組んだこの月日は、仮に結果が異なっていたとしても息子にとって将来の糧となる大変貴重な経験だったに違いありません。息子が小学6年生になろうとしていた時点で、本人にとっても親にとっても中学受験はあまりにも漠然とした目標でした。「なぜ中学受験をするのか?」、そのような初歩的な問いに対してさえ、親も子も答えを持ち合わせていませんでした。駅の向こう側の“学志舎という塾に熱意ある先生がいる”ということをインターネットで知り、私は先生に相談に行きました。中学受験ありきで話をする私に対し、「魅力的な高校は沢山あるので選択肢はそれだけではない。」と先生は説明して下さりました。私は先生の教育に対する熱意と信念に触れ、これまで明確な目標も持たずに通信教育教材とにらめっこを続けていた息子が自ら意識改革することを期待して学志舎に入るよう促しました。目標に対する道標が見つかった為か、学志舎に通うようになってからは息子の勉強に取り組む姿勢が見違えるように変わりました。自分の意思で机に向かうようになり、志望校についても自ら口にするようになりました。夏休みは先生のご好意により塾が自習室として終日解放されていた為、朝から晩まで学志舎に入り浸っていました。親の目から見ても息子は十分頑張っていたのですが、10月になっても成績は一向に上がってきませんでした。(桐朋、海陽を含む)志望校の合格判定は常に最低ランクの20%に留まり、いささか不安になったものです。それでも息子、先生との対話を通じ、目標を桐朋とすることを再確認し、息子の奮起に期待しました。先生の指導を受けながら、過去問を繰り返す息子は何かしらの手ごたえを感じたらしく、1月以降、順次試験に臨んでいく時点では随分と自信をつけていました。1年前、机に向かっても勉強に身が入らなかった息子の姿はそこにはなく、充実した日々を楽しんでいるように見えました。息子は塾の様子について多くを語ろうとはしませんでしたが、先生のかつての教え子達が指導を手伝いに来ることもあったようで、そうしたお兄さん、お姉さんからの体験談を聞くことは有意義だったようです。また、学志舎に集まる子供たちは、一人の例外なく、皆、真面目に勉強に取り組んでいるとのことで、そうした環境作りのために腐心してくださった先生に心より御礼申し上げます。

 

 

 

【105】強い精神力を学志舎で塾長と塾生から学んだ

2年間、この学志舎でお世話になり、このたび、息子が日大二中へ合格することができました。5年生の春に入塾し、塾以外はサッカーチームや遊びを謳歌した毎日でした。6年生のG.W.前に、何を思ったのか?「受験させて欲しい。」と言われました。息子の場合、約8ヵ月半で4科目をやりきれるかどうかが大きな問題でした。親としては内申を取るのが比較的難しいとされる公立中進学に備えて少しでも学力を上げるという目標で「受験コース」に入ることを決めました。が、息子はこの日から毎日自習へ通いました。彼は本気でした。7月に初めて受けた“首都圏模試”での偏差値は、算数36、4科目は40でした。模試会場であった日大二中の説明会で、校風をとても気に入ったことで、受験校は日大二中の1回目と2回目のみ。記念受験はせず、落ちたら公立中で頑張るというということが決まりました。そのため夏期講習からは、中3生と同じ行動(毎日オープンから最後まで自習行く)をするようになりました。少しずつではありますが、毎月、偏差値が上がりました。頑張れば結果が出るので“勉強は辛いけれど、楽しい”ということも学んだようです。そしていつも中3生の姿を見ていたので、これがリアルな刺激となりました。先輩方を尊敬しながらも無意識に自分も同じレベルになりたいと思っていたことが、息子から聞く日々の話から分かりました。この環境のおかげで、学力も心も大きく成長しましたが、12月最後の偏差値は4科目で50と残念ながら合格圏内には全く届きませんでした。あとは冬期講習と1月の受験対策を全力でやりきり、入試当日を迎えることになりました。入試1回目、「絶対受かる!」と言い続け挑むも、「算数に負けた。」と落ち込んで戻ってきました。その後、「他の科目でフォローしてればいいんだ。」と気を取り直し、夕方の合格発表を待つ間、カフェに入りました。そこで息子はうたた寝し、「日大二中の通学路をたくさんの友達と楽しそうに歩いている自分の姿を夢で見た」と起きた時、嬉しそうに話してくれました。また問題用紙一面に“受かる”と書き続けていました。彼のその前向きな姿勢に驚かされました。しかし、受験番号がなく、家に帰り自分の部屋で大泣きしていました。本当に悔しい様子でした。が、しばらくすると2回目に向け、改めて闘志を復活させ、勉強を始めました。入試2回目、前回と違い、「全教科やりきった!」と達成感に溢れたスッキリした顔で教室を飛び出し、私の元に駆け寄ってきました。この時の息子の顔を私は一生忘れません。が、今回も受験番号はありませんでした。しかし、こんな達成感を持てた素晴らしい受験ができたので、“これでまた前へ進もう!”と息子と決めました。翌日の繰上げ候補者の発表日。全く期待せずHPを見ると、何と2回目の番号が載っていたのです!本当に信じられない瞬間でした。しかし、合格できるかは、辞退者が出るまでわかりません。12番目。絶対大丈夫と思える順位ではなく、毎日期待と不安を抱きながら過ごした5日間でしたが、“合格連絡”最終日の前日、息子のサッカーの試合会場で電話を頂き、晴れて合格となりました。2月1日から9日までの間、息子の気持ちのアップダウンを見ているのが一番辛く、苦しく、塾長に毎回メールし、私の気持ちを共感して頂き、支えて頂きました。ただ息子は、どんな時も最後まで合格を信じていました。自分が頑張ってきたことは間違っていない、そんな強い精神力を学志舎で塾長と塾生から学んだようです。私自身も勉強になりました。もし、滑り止めを受けていたら、集中力が途中でなくなっていたかもしれません。ギリギリの合格ですが、息子にとって非常に良い経験ができました。学志舎で学べたことを誇りに思い、これからも卒塾生の駆け込み寺のような場所でいさせて下さい。本当に感謝しております。ありがとうございました。

 

 

 

【106】「手をかけるより心をかける」という先生からの言葉

布施先生 こんばんは。先程はお忙しいところ、急なお願いに素早い対応をしてくださり、心より感謝しております。ありがとうございました。「手をかけるより心をかける」という先生からの言葉を大切にし、今の●●の性格が変わってしまうことのないよう受験・卒業までの時間を大切に過ごしたいと思っております。布施先生のように心から子供たちのことを考えてくださり、愛情をかけてくださる先生に巡りあえて、親子共々本当に嬉しく思っております。万が一、受験に失敗したとしても学志舎で勉強より大切なことも学ばせていただいたことが人生の糧になるとおもうので、後悔はないと思います。長々と失礼しましたが、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

【107】あそこまで自習に通うとは、正直驚き

通常の授業以外にも遅くまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。家庭学習が嫌いで野球とゲームのことばかり考えていた我が子が、あそこまで自習に通うとは、正直驚きでした。始めは「少々飛ばしすぎでは?」とも思いましたが、緊張しやすい息子が初めてのテストにもかかわらず満足のいく結果を得られたのは、先生のおっしゃる「準備」ができていたからだと思います。一言お礼を申し上げたくメールさせていただきました。先日は読書嫌いの彼が珍しく自発的に本を読んでいるので不思議に思って声をかけましたら、布施先生に「読むのが遅い」とアドバイスいただいたとのこと。布施先生の影響力はスゴイです(笑)。これからもご指導よろしくお願いいたします。家庭でのサポートも頑張ります!

 

 

 

【108】布施先生のお話は様々心に残っているようで、

布施先生には夫婦ともども感謝をしております。1年前の今頃はオール3の成績で、そのときに通っていた塾では、「がんばれば清瀬高校あたりがねらえるかも。」と言われていた状態から、今の息子の姿は想像もできないものでした。布施先生のお話は様々心に残っているようで、今でも、息子の口から「布施先生がこう言っていた。」という話をよく耳にします。生徒に正面からぶつかり、生徒のことをいつでも思い、教育という仕事に全力を尽くす布施先生は、社会人としてもお手本だったと感じています。こんなにも成長させていただいてありがとうございました。入試では失敗したけれど、人生からすれば決して失敗ではなかったと何年か後に胸を張っていえるよう、親子共々精進して参りたいと思います。これからの学志舎・布施先生のますますのご活躍を親子共に心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

【109】布施マジックのすごさを改めてかみしめています

先生と学志舎の子ども達のご様子、時々ブログを拝見させていただいては、布施マジックのすごさを改めてかみしめています。先生にお会いできたことで、●●の人生は良い方に良い方に導いていただきました。たくさんのお友達にも恵まれ、明るく楽しく日々過ごさせていただけていること、感謝の気持ちでいっぱいです。在塾生のみなさんには、●●以上に、先生のマジックで飛躍されることと信じております。

 

 

 

【110】「内申35から新宿高校合格へ」ありえない道のり

私どもは多分、学志舎開設以来、最も手のかかる問題児だったことでしょう。「内申35から新宿高校合格へ」ありえない道のりを恥ずかしながら投稿させて頂きます。

入塾したのは中学2年の3月です。それまでは近所の個別塾に通っていました。本人から「受験に心配だから塾を変えたい。」と言われ、成績が伸び悩み、不安を感じていた時でしたので、塾探しをしました。そして実際に学志舎の体験授業を受け、本人もその場で納得、入塾させて頂くことになりました。

我が子は中学3年になってからネットの動画等やゲームを深夜まで続け、生活習慣は乱れていきました。それを改善させようと夫婦そろって叱り飛ばし、何回も壮絶にぶつかった結果、親子関係は悪化の一途、会話も最小限になっていました。

そのため一縷の望みをかけ、布施先生に面談を申し込みました。するとお願いしたその場で快諾!電話を切ってすぐ学志舎に向かいました。ゲーム三昧でネット依存を心配していること、生活習慣の乱れが改善しないこと、親子関係も悪化していること等ありのまま相談しました。その話を受け先生が「ネット依存ではありません。今の生活は心配ですが、親が干渉しすぎることもよくありません。私が本人と話をしましょうか。」と言って下さり、大げさですが天の助けと思いました。

その日より先生から本人に度々面接、指導がありました。しかしすぐに習慣は変わりません。先生に「ゲーム機を預かりましょうか。」とまで言って頂けました。ただその頃には本人から「ゲームは学校などで嫌な事があった時のストレス解消、リフレッシュできる貴重なツールである。」ことも聞いていました。そこで、今はまだ先生と本人との信頼関係を確実にすることを大事にしたい、そして本人の自制を期待したいと思い、お断りしました。

その後もメールや電話で状況を報告し、都度相談させて頂きました。この頃の内容は「進学相談」ではなく「生活指導」と「親のケア」という感じです。他の進学塾ではここまでして頂けないでしょう。有難さと申し訳なさに頭が下がります。

そうして少しずつ親子関係も回復してきたように思います。親のした事は、①「勉強しろ」とは言わない、②頼まれた時間に起こす、③雨の時の送迎だけでした。

1学期中も習い事の英語スクールへ週2回通っていました。ここは先生の面倒見やクラスの雰囲気がとても良く、本人も気に入って続けていました。しかし、英語は得意でしたが、他科目(特に理社)が追い付かず、布施先生から「得意な英語を続けても伸びは少ないです。それより理社を伸ばした方が良いです。」と再三英語スクールを中断し、学志舎での勉強に専念するように言われていました。

そして迎えた1学期の終わり、なんと内申を5も落としていました!当初志望校を「都立○北高校」にしたかったので、目の前が真っ暗になりました。父親は「どうせこの成績だと都立は無理。良い高校に行くことだけが目的ではない。将来英語を使える方が大事。」と英語スクール中断に猛反対。本人もなかなか決心できずにいました。

そんな時、布施先生が「都立新宿高校なら可能性があります。きっちりと戦略を立て、頑張ればいけます。」「英語を使えてもそのベースに一般常識がなければ意味がありません。社会人として一通りの仕事が責任を持って果たせた上で、はじめて英語を使った仕事を任せられるのです。」などリクルート勤務時の過去の経験を含め、諭して頂きました。この言葉で本人も決心がついたのか、父親に「今まで英語スクールに通わせてくれてありがとう。どうしても都立に行きたい、理社を頑張りたいから中断させてほしい。」と申し出ました。父親もそんな我が子の態度に良い意味で驚き、本気の思いを知って「それなら本気で頑張れ。」と応援。英語スクールを9月から中断し、都立新宿高校を目標に学志舎で全力投球することになりました。

夏を過ぎても相変わらずゲームなど続けていて、家では全く勉強しませんでした。遅めですが、自習にはサボらず通っていたので、言いたい気持ちを我慢する日々でした。ただ勉強が大変そうだったのは事実で、毎日23時過ぎに疲れ切って帰宅していました。

2学期の最終内申は、1学期から挽回したものの、35でした!常識では都立新宿高校は絶対無理です。模擬試験の結果も偏差値は58から68までupしましたが、内申が影響し、「B判定」止まり、親は不安にかられ散々悩みました。結局、「本人の人生だから。布施先生を信じよう。」と私立の併願校も含め、最終進路を本人に先生と相談し決めさせました。

都立試験前、本人から「ここまでやったから後悔はないよ。私立高校になっても頑張るから。」と言ってきました。この時ばかりは私も涙をこらえるのが大変でした。

3月24日の試験、全く手ごたえがなかったようで本人は半ばあきらめていたようですが、結果は無事「合格」!

布施先生の読み通り!本人の必死の努力と“布施マジック”が見事結実した瞬間でした。

我が子は本当に成長しました。以前は机に向かって勉強することはなく、何かに挑戦することをどこか避けていたように思います。しかしこの1年で勉強するとはどういうことかを知り、目標を持ち一生懸命になって取り組み結果を出したことは大きな財産です。布施先生に出会い、丁寧に導いてもらえたことにより身に付いたと思います。また他の塾生の皆さんと一緒に勉強していたので、最後まで頑張りきる事が出来たのでしょう。

親も学びました。見守る難しさを痛感しています。信頼できる指導者を見つけ、良い環境に子どもを置くことが何より大事なことでした。

学志舎には、布施先生が生徒一人一人を正しく見つめ適切な指導をタイムリーに行ってもらえる面倒見の良さと、切磋琢磨できる集団の良さがあります。そして「受験して合格する」だけでなく、他に多くの経験を得られます。私どもは学志舎で学ばせて頂くことができ本当に幸運でした。そして人生を変えるような経験もさせて頂けて、心から感謝しております。

布施先生は、お若く、溌剌とされておられますが、どうぞいつまでもご活躍できますようご自愛ください。そしてこれからも折に触れ、お付き合いさせて頂ければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。