世界文化遺産「富岡製糸場」に行ってきました

2014年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産に登録された富岡製糸場に行ってきました。社会の教科書では2,3行で語られていますが、やはり現地に行くと深い学びや感じるところがあります。印象に残ったものをご紹介しますので、参考にして頂ければ幸いです。

富岡に建設された理由

・養蚕が盛んで、原料繭が確保できる

・既存の用水を使うことで製糸に必要な水の確保ができる

・燃料の石炭が近くの高崎から採れる

・外国人指導の工場建設に住民が同意

・工場建設用の広い土地が用意できる

工女募集に苦戦

フランス人が飲むワインを血と思いこみ、生き血をとられるというデマが流れたため募集に苦戦。初代製糸場長の尾高惇忠の娘さん(14歳)を工女第一号として入場させて以降、工女が集まるようになったそうです。※「青天を衝け」では田辺誠一さんが演じています

日本の工業化の始まり

「輸出品の要であった生糸の品質改良」と「大量生産を可能とする器械製糸工場の導入と促進」が殖産興業政策を掲げた政府の急務。日本の工業化は富岡からスタートしました。

若い世代の活躍

設立指導者のブリュナは当時32歳。渋沢栄一も富岡製糸場設置主任として関わっていますが、年齢は30歳とやはり若いです。新しい時代の幕開けともいえる明治維新。若い世代の活躍が目立ちます。今は寿命こそ延びましたが、その長い人生を真の意味で充実させるために何をすべきか私自身考えさせられました。