親御様メッセージ(2020年 都立西高校4)

このたび娘が第一志望の都立西高に合格することができました。娘はこの1年本当によくがんばりました。学志舎のおかげで、学志舎の先生方と仲間たちがいたからがんばることができたのだと思います。

中2の12月、それまで英語の個人塾に通っているだけで部活に夢中だった娘に高校受験に向けての塾を探していた時、「都立専門」という触れ込みの塾をネットで見つけ、まずその合格実績に驚いたのを覚えています。大手塾の積極的なアピールが苦手な私たちは学志舎のウェブサイトを見て、自宅から遠く通うのがたいへんかもしれない、けれど1校だけの個人塾であるということ、どうやら2人の先生ですべての授業を担当していること、そして勉強のこと以外に部活のこと、スポーツのことなどいろいろな話題のあるブログに好感を抱き体験と面接を申し込みました。布施先生のなめらかすぎる語り口に聞き入っているうちに、「まず冬季講習に申し込みます。冬季講習に通ってみて大丈夫そうだったら3月から入塾したいです。」と、とんとん拍子に話を進めている自分に驚きましたが、早くしないと席がなくなってしまう!と焦ったことを正直に告白します。

娘は学校の成績はそこそこでしたが数学に不安があり、布施先生から「応用でも難関でもどちらでもいいですよ。」と言っていただき、迷った末に応用クラスに入塾しました。中3の1学期は学校のテストで高得点をとること、内申アップにつなげること、そして数学の基礎力を身につけることを目標にしていました。また、それまで全国規模のテストを受けたことがなく、自分の偏差値がどれくらいなのか見当もつかない状態でしたので、学志舎でテストを受けて先生に講評をいただくことが励みになっていたようです。一方で母親の私は学志舎に入塾できて、たいへんはりきっており、あれこれ口出ししたり素人講釈を垂れたりしていたところ、学志舎名物「親のチカラupセミナー 春の陣」でさっそく洗礼を浴び、「親ができることは見守ること」「ネガティブワード禁止」「ほめるより 認める励ます 敬意を払う(五七五)」といった”親のチカラ”を授けていただきました。身につけるのはなかなか難しいことでしたが、親も育てていただけるところが学志舎のすごさです。娘はハードな運動部で引退前最後の大会に向けて真っ黒に日焼けしながら練習に励み、授業と課題も全力投球、夜は学志舎で切磋琢磨の日々が続いていましたが、夏ごろには数学で成果が上がってきて、学校+部活+塾のペースもつかめてきたようでした。

いよいよ夏期講習が近づき、娘と私は悩んでいました。というのも、このころ志望校を西高にしたい、と考え始めていたのですが、そのためにはまだまだ力不足なことが充分わかっていたからです。ですが入塾以来がんばってきた数学で初めて「5」が取れたことで娘は意を決して布施塾長に「夏期講習から難関コースに行きたいです。」と伝えたところ、あっさりOKをいただきました。学志舎の夏期講習は朝9時から夕方自習室に移り夜8時まで、まるで勉強合宿のような濃密スケジュールです。驚いたことに娘は目がチカチカするような予定表を初めて見たとき「なんか楽しみだな」と言いました。この時私は、ああ成長した、学ぶこと、夢中になってかじりつくことに対して武者震いしてそれを”楽しみだ”と表現するようになった、と感動しました。また同時に、お弁当2個持ちか、保冷剤は持つだろうか、夏場の弁当は怖いからな、と娘とは違う震えを感じていました。部活の引退試合が終わり、志望校に合格してまた同じ部活をやるんだ、と心新たに夏期講習に向き合い、8月に初めてのWもぎを受験、この時の合格判定は西高60%でした。

2学期が始まり、内申の勝負をかける中間・期末テストの合間をぬって文化祭巡り、学校説明会、Wもぎといよいよ多忙を極める受験生ですが、このころ娘も親も苦しめたのは過去問でした。初めて自校作成校の過去問を解いたのは夏期講習の後半だったかと思いますが、数学11点。西高の過去問でした。2問正解だったそうです。話を聞いた時(え、それは何点満点?50点満点だとしてもひどすぎない?まさかの20点満点……のはずあるわけない!)と思いましたがここは親のチカラを発揮してニコニコ笑顔で「すごーい!難しいのに2問あってたなんてすごいじゃな~い!」と言ってはみましたが、なにぶん親のチカラ偏差値もまだ発展途上、すぐに娘に見抜かれ「心配ないんだって、布施先生も村岡先生も最初はみんなこんなもんだって言ってるよ。」と諭される始末。自校作成校の過去問はこのあと受験前日まで何校も何年分も取り組みましたが、最後まで一喜一憂させられました。英語がよければ数学がいまいち、国語がいいと英語ダメ、とにかく安定せず、それは自校作成もぎでも同じでしたが、安定して合格ラインといわれる60%取れる時が来るのだろうか、と不安が尽きませんでした。

秋には「親のチカラupセミナー 秋の陣」が開催され、スペシャルゲストには西高OGの大島さんがきてくださり、教室を埋める大勢の保護者の前で堂々たるスピーチを披露してくださいました。この時大島さんが「受験生は学校の後に塾に来て受験勉強している。これは大人が朝から会社勤めの後、アフターファイブに別の会社へ行ってダブルワークするようなもの」とたとえ話をしてくれました。これには本当に参りました。大島さんの的確なたとえと娘の毎日のハードさの両方に頭が下がる思いでした。また村岡先生から国語や英語の具体的な対策(単語力と得点力はかなり連動している等)、布施塾長からは元気よく気持ちが上向きになるように声かけを等、さらにたいへん詳細なこれまでの卒塾生のデータを解説していただき、私ももう一段ギアを入れ替え(ただし娘に悟られないように)万全の態勢でバックアップできるようにしようと心に誓いました。

年が明け、娘は西高の推薦入試を受けるかどうかとても迷っていました。一度は学校にも受験の意思を伝えもしました。ですが最終的に一般受験に目標を絞ることに自分で決めました。理由は、素内申よりも換算内申の方が良い娘は一般受験の方が有利なこと、作文のイメージがつかめないこと、そして推薦対策に費やす2週間という時間を自分は勉強に充てたい、という考えからでした。オープン入試でICU高校に出願していましたが、そちらの過去問もそこそこしか手をつけず、大丈夫なの、少しはICUの過去問もやったら、と声をかけても(親のチカラ……?いまだ道半ば)「いいの。やらない。志望校は西高だから。西高に受かるためのことをやる」そう言った娘はキリリとしていて何の迷いもなく、清々しいほどまっしぐらでした。親の私は推薦対策ってどんなだろうね、見てみたかったね、むしろ受講したかったね、ちょっと覗いてみたら、何か様子聞こえてこないの(親のチカラ……)と未練がましいことこの上ない体たらくでした。こんなにも強く真っ直ぐに自分のやるべきことを見極める力を、いつの間にか学志舎で身に付けていたんだなとちょっと感動しました。またこの頃、OGの大島さんが激励に来てくださり、たまたま自習室で西高志望が一人だけだったことで1対1で長い時間たくさん話をしてくださったそうで、これがまたたいへん励みになったようでした。推薦組と離れて自習室で勉強する一般組のことも決して忘れずに適切にケアしてくださる学志舎に感激した出来事でした。

受検当日、祈るような気持ちで過ごし、帰宅した娘を迎えると「まあどうかな、わかんない」という感想。都立高校の解答速報は残酷ですね。間髪入れずに当夜には理社の自己採点ができてしまいます。娘はどちらも90点に届かず、「自校作成校に合格するには理社90点以上は絶対」と言われていますからこれは難しいかもしれない、と内心覚悟もしました。9日も待たされ、冷たい雨の中向かった合格発表でしたが結果は合格。娘より先に番号を見つけてしまった私の変顔を見て「あ、合格したんだな」と知ってしまったという娘、本当にゴメン。なぜか終始冷静で、飛び上がって喜ぶことも泣いて喜ぶこともなく、狐につままれたような顔をしてた娘ですが、春から西高生です。ソツなくこなしてはいたけれど飛び抜けてできるわけではなかった娘を、たった1年で憧れの西高に合格させてくれた学志舎で娘が身につけたことは、ウェブサイトに大きく掲げてあるこの言葉に尽きると思います。勉強じゃない。受験の技術でもない。

”「良い習慣」を身につけたい人は、ぜひ学志舎に来て下さい。「一生忘れられない出会い」がここにある。”

布施塾長、村岡先生、卒塾生のみなさん、本当にありがとうございました。