親御様メッセージ(2022年 都立国立高校:Yくん)

3月1日合格発表の日、家族全員でパソコンの前に集まり、固唾を飲んで見守りました。

「あったぁ~!!!!」

この日が迎えられることをどんなに夢みていたか。国立高校にずっと憧れ続けていた息子を見てきていたので、ホッとしました。そして、学志舎でなければこの逆転合格はなかっただろうと、最後まで支えてくださった先生方に感謝の気持ちでいっぱいでした。

小学校4年生の時に、初めて国高の文化祭を訪れ、3年生の劇を観て一目惚れ。その後「俺は国高であの文化祭をやりたい!」とずーっと言い続け、毎年国高祭に通っていました。4人姉兄の末っ子で、上の3人は国高生(うち2人は学志舎出身)。どうしたって家の中には国高の話題が溢れています。ところが中学に入ると、憧れとは裏腹に自分の成績と照らし合わせて国高がいかに厳しいかということを実感し始めたようです。定期テストの前も勉強しているようでも、成績が思うようにとれない。親から見ても(これは厳しいぞ・・・)と思っていました。それでも諦めない息子を見て、もうこれは学志舎にすがるしかない!この子こそ、学志舎での圧倒的な量と質の高い指導がなければ国高は難しいだろう。すがるような思いで、布施先生、村岡先生にお願いしました。 

変わってきたのは学志舎での夏期講習が終わる頃でした。毎日、1日中塾で過ごしたことで、9月に学校が始まっても勉強するのが当たり前という習慣が身につきました。また、集中力も格段に上がったような気がします。その姿勢は定期テストの点数にも表れ始めました。もともと末っ子のお調子者気質のため、見通しも甘く、自分にも甘い。親としてはそれが可愛くもあったのですが、それが少し変化してきたようです。期末テスト前には「今までにないくらい細部まで準備している。」と初めて息子から鬼気迫る雰囲気を感じ、(今までもやっているように見えていたけど、満足するレベルが変わってきたんだ)と思いました。そういえば、上の子が「布施先生が当たり前のレベルをあげよう!って言っていた。」と話していたことがあったけれど、こういうことかと末息子を通して実感しました。

12月、それまで合格圏内にかすりもしなかった模試の結果で初めて合格圏内になりました。これで勢いづくかと思ったのも束の間、お正月休みには持ち前の甘さがでて、ゲーム三昧。緩んだ気持ちが1月の模試に如実に表れ努力圏へ。さすがに本人も焦ったようです。残された1か月で何をするべきか?模試の後の面談でしっかりと布施先生と話をし、その後の取り組みでは喝も入れていただき、「絶対合格する!」と意気込んでいました。

2月に入り、息子が突然「なんか英語が読める!」「楽しくなってきた!」と言い出し、過去問でも点数がとれるようになってきました。聞けば、布施先生が自分用の問題をどんどん用意してくださり、理社に至っては30年分くらいの問題を解いているとのことでした。英語も用意してくださった過去問を解き始めて(読める!)という瞬間が訪れたようです。後日、面談で布施先生から「英語の弱い子に対して、最後に用意している取り組み方法でした。」と伺い、脱帽でした。綿密に計算されたルートで子供たちを導いてくださっているんだと、改めて学志舎の素晴らしさを実感しました。

我が家は次女(大1)と長男(高2)も学志舎でお世話になりました。娘は大学受験時に「学志舎の頃の自分はもっとやっていた。まだできるはず!」と、高校受験の時と比べて自分を鼓舞しながら取り組んでいました。多感な時期に学志舎で受験期を過ごした経験が、彼女の中でとても大きなものになっていることを感じました。節目には先生方を訪問し、元気をもらって生き生きとした表情で帰ってきます。学志舎で過ごした受験期が人生においてかけがえのないものになったこと、その出会いに本当に感謝しております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

この記事を書いた人

滋賀県出身。膳所高校→防衛大学校→海上自衛隊→リクルートエージェント→学志舎。「プラス思考&全力で取り組む」といった良い習慣を身につけることをベースに指導にあたる。アルバイト雇用もなしに1人で塾運営していた最後の年(2017年)は小5から中3まで200人以上の塾生の全授業を担当。中3生(39人)は日比谷、西、国立に計14名全員合格の結果を残し、業界で話題になる。悔いのない受験を学志舎で。「一生忘れられない出会い」がここにあります。【趣味】テニス

目次
閉じる